カテゴリー「◆1988年当時の店」の34件の記事

2018年5月23日 (水)

34.現在も健在、客の心をかきたてた30年前のアメヤ横丁(東京・台東区上野)

こんにちは。

このイラストは、約30年前の1988年当時の、東京都台東区上野の「アメヤ横丁」の様子です。

JR山手線上野駅から御徒町(おかちまち)駅にかけてのびるこの商店街は、現在も大勢の見知らぬ客で賑わう元気の良い商店街ですが、30年を通して全く変わらないものは、「なわばり」を解除した「店舗構造」と「店員のアクション」と「客のアクション」です。



148_149

↑アメヤ横丁の店は、通行客の多い道路に面した、「店員空間の狭い接触型」と「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」で構成されています。

↑しかも、祭りや縁日に限って登場する、よしず張りの簡易な店をイメージさせるような「商品空間」のつくり方が特徴です。


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↑接客中や作業中の店員のアクションは、「なわばり」を解除する店員のアクションとなって、次々と客を引きつけています。

↑「なわばり」が解除された店頭に立ち止まる大勢の客の姿は、強烈な「サクラパワー」を発揮して、より一層「なわばり」を解除して、さらに多くの通行客を引きつけています。


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↑「いらっしゃい、いらっしゃい!」「やすいよ!やすいよ!」「さあ!買った買った買った!」等の威勢の良い店員の掛け声は、「客寄せ音頭」となって「なわばり」を解除します。

↑客の注文や相談に対応して忙しそうに動き回る店員のアクションは、「客寄せ踊り」となって、「なわばり」を解除します。

以上のように、見知らぬ大勢の客が行き交う通路には、客の「匿名性」が担保された混沌とした異空間が提供されています。

そして、顔見知りになることのない店員からの買い物は、その場限りの人間関係を成立させて、客の心を開放するのです。

煩わしい人間関係を一切伴わないネットショップの魅力は、今後もショッピングの中心となっていくことでしょうが、この「アメ横」に見られるような、実際に見知らぬ大勢の客が行き交い、「なわばり」が解除されたリアルショップにおける買い物の醍醐味は、絶対に捨て去られることはないでしょう。


(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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3.かわいいケーキ屋さんが浮かび上がれない理由(1988年当時)

4.店が大きいだけで構造が変わるケーキ屋さん(1988年当時)

5.中元・歳暮の特設コーナーは買いやすい(1988年当時)

6.姿を隠した町の電器屋さん(1988年当時)

7.1988年当時、「なわばり」を解除した店に改装して、客を引きつけた「町の電器店」

8.常連客が一般の客を追い払ってしまったオーディオ店(1988年当時)

9.ひやかし客を引きつけて繁盛したオーディオ店(1988年当時)

10.大型電器店が大勢の客を引きつけた理由とは?(1988年当時)

11.大型電器店でも「なわばり」主張の店員のアクションが客を遠ざけた(1988年当時)

12.かつての東京・秋葉原電気街にもあった入りやすい店、入りにくい店(1988年当時

13.改装したらより買いにくくなった化粧品店(1988年当時)

14.改装したら接客が難しくなったブティック風の化粧品店

15.神戸・三ノ宮の地下街「さんちか」にあった化粧品店「コクミン」(1988年当時)

16.同業者に嫌われながらも、多くの客を引きつけた薬粧店(1988年当時)

17.百貨店で最も怖かった化粧品売り場(1988年当時)

18.近づきにくかった百貨店の紳士服売り場(1988年当時)

19.ひやかすには勇気が必要だったブラウス売り場(1988年当時)

20.エスカレーターから見た百貨店の売り場(1988年当時)

21.客が近づきにくいと感じる店をつくったDCブランド店(1988年当時)

22.ファッション店のバーゲンセールは、店と店員が豹変する(1988年当時)

23.下見客の多い靴店ほどよく売れる(1988年当時)

24.自動車を店で買う時代(1988年当時)

25.買いにくかった中古車センターで見られた客の様子(1988年当時)

26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

27.買いたい人にだけ買ってもらう宝石店の構造(1986年当時)

28.商品パワーの変化が店の構造と店員のアクションを変えた(1988年当時) 

29.「店舗構造」と「店員のアクション」の違いが売り上げを左右した「カメラ売り場」(1988年当時)

30.タバコがどんどん売れた店(1988年当時)

31.たばこのコーナーが店をダメにしてきた(1988年当時)

32.コンビニエンスストアが客のニーズに応えたもの(1988年当時)

33.アーケードがある商店街とない商店街はどう違うのか?

 

 

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2018年5月21日 (月)

33.アーケードがある商店街とない商店街はどう違うのか?

こんにちは。

約30年前の1988年当時、長年我が世の春を謳歌してきた各地の商店街が、停滞ないしは衰退を余儀なくされ始めていました。

当時、前向きな商店街の関係者達は、衰退していく商店街を何とか盛り返そうとして試行錯誤していました。

その一つに、アーケードの問題がありました。

アーケードがない商店街はアーケードを設置するために会議を重ね、反対にアーケードがある商店街の関係者達は、アーケードを撤去することを議論していました。

それぞれの商店街にとって、アーケードの有る無しが大きな改善につながると考えたからです。

しかし、アーケードを新たに設置した場合も、撤去の決断を下した場合も、目に見える大きな解決策とはならなかったことは、その後の歴史が語っている通りです。

いったい多くの関係者達は、何を見落としてしまったのでしょうか?

今回からは、停滞し、衰退し、やがてシャッター商店街への道を辿っていった日本の商店街という商業集積についてご説明してまいります。

さて、今日は、アーケードのある商店街とない商店街の「店舗構造となわばり」についてご説明いたします。


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33.アーケードがある商店街とない商店街はどう違うのか?(1988年当時)

このイラストの商店街は、当時のアーケードのある商店街の風景です。

アーケードがあることによって、店頭の商品が風雨にさらされて劣化する心配が少ないために、店舗構造は、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」か「店員空間の狭い接触型店」でした。

また、商店街の接客方法は「常連接客」が主体でしたが、アーケードが設置されている商店街の店では、店頭の商品空間が広くかつ大量の商品が陳列されているために、「一見接客」に近い「常連接客」となっていました。


P144p145
※アーケードのある商店街

Photo_2
※店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店

Photo
※店員空間の狭い、接触型店

Photo_5
※客の注文を受けてから接客を開始するのが「一見接客」



↓下のイラストの商店街は、アーケードのない商店街の風景です。

↓アーケード無い商店街で、通行客数が少ない場合は、下の商店街のように、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」と「店員空間の狭い引き込み型店」になるのが一般的です。

↓また、アーケードのない商店街の接客方法は、客が注文する前から接客を開始する「常連接客」が主体となります。


P146p147
※アーケードのない商店街

Photo_4
※店員空間のない、引き込み・回遊型店

Photo_3
※店員空間の狭い、引き込み型店」

Photo_6
※客の注文を受ける前から接客を開始するのが「常連接客」

 

けれども、多くの商店街が衰退する一方で、停滞や衰退を寄せ付けず、今でも多くの客を引きつけている「商店街」は各地に見ることができます。

それらの「商店街」のすべてに共通している条件は、何らかの交通機関に直結し、見知らぬ大勢の通行客が行き交う道路に面していることです。

見知らぬ大勢の通行客が行き交うことこそ、アーケードの有る無しをはるかに越えた、繁盛のための一番の条件なのです。

見知らぬ大勢の通行客が行き交う、アーケードのある商店街の店は、「なわばり」を解除しやすい「店舗構造」となり、なおかつ「なわばり」を解除する店員のアクションが繰り返されていることによって、今も大勢の客を引きつけているのです。


(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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31.たばこのコーナーが店をダメにしてきた(1988年当時)

32.コンビニエンスストアが客のニーズに応えたもの(1988年当時)

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2018年5月18日 (金)

32.コンビニエンスストアが客のニーズに応えたもの(1988年当時)

こんにちは。

1970年代初めに登場して来たコンビニエンスストアは、1980年代には、日本各地に勢いよく普及していきました。

しかし、約30年前の1988年当時には、コンビニエンスストがいったい客のどんなニーズに応えた店であったかについては、まだ正しく理解されてはいませんでした。

したがって、その後のコンビニエンスストアの普及が、全国の商店街の「シャッター商店街化」を益々加速させるということを、多くの関係者はまったく受け入れませんでした。

そのために、当時の多くの関係者や専門家達は、コンビニの成功の原因は、①セルフサービス方式が若者の心をとらえたとか、②生活時間帯の変化に対応した営業時間が有効だとか③3000アイテム以上の品揃えが受け入れられた等と分析するにとどまりました。

そして、その当時は、今日のようにコンビエンスストアが様々な商業集積に進出し、大勢の客を引きつける店になっていくことを、ほとんどの関係者が予想だにしていませんでした。

当然、コンビニエンスストアの登場によって、「店は店員の『なわばり』であり、客は店員の『なわばり』の中で買い物をする」という店の本質がいっそう浮き彫りになったことに関しては、誰も気づいてはいませんでした。

さて今回は、全国各地に普及していったコンビニエンスストが、全国の客に対して提供したものは一体何だったのかについてご説明いたします。


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32.コンビニエンスストアが客のニーズに応えたもの(1988年当時)

下のイラストは、約30年前の1988年当時に、全国各地の商店街で見られた典型的な店の様子です。

大抵の店が店主の住居につながっていて、店主は店の奥の住居で待機していることも珍しくありませんでした。

したがって、すべての店に「なわばり」主張の店員のアクションが存在していたために、客は気軽に店内に入って冷やかすことはできませんでした。

↓この店の構造は、店主の住居と一体になった「店員空間の狭い引き込み型店」 です。

 

P140

Photo


↓一方、1970年代の初めに登場して来たコンビニエンスストアは、従来の商店街の店とは全く異なる構造をした店でした。

↓また、従来の商店街や百貨店等の店とは全く違った接客方法でした。

↓なぜならばセルフサービス方式が採用された店だったからです。



P141


Photo_2

従来の店は、客が注文する前から接客が開始される「常連接客」でしたが、コンビニエンスストアは、客が注文をした後から接客が開始される「一見接客」でした。

つまり、コンビニエンスストアは、「なわばり」主張の強い従来の店ではなく、客の一番のニーズであった、「なわばり」が解除された店だったのです。


(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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29.「店舗構造」と「店員のアクション」の違いが売り上げを左右した「カメラ売り場」(1988年当時)

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31.たばこのコーナーが店をダメにしてきた(1988年当時)

 

 

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2018年5月16日 (水)

31.たばこのコーナーが店をダメにしてきた(1988年当時)

こんにちは。

喫煙が本人や周囲の人たちに対して、大きな健康被害を及ぼすということに、ほとんどの人が関心を示さなかった時代がありました。

ほんの30年前の1988年当時も全くその時代でした。

だから、各地の商店街の店には、次々とたばこのコーナーが設置されていきました。

様々な業種の店主たちは、従来までの客に加えて新たな客が安定して増えると考え、競って当時の日本専売公社が提案した「たばこのコーナー」を受け入れたのです。

「店は店員の『なわばり』であり、客はその『なわばり』に入って買い物をする」ということなど、全く想定だにしなかった各地の店主達と日本専売公社さんによって、店はどんどん「入りにくく、買いにくい店」になっていったのです。

さて今回は、約30年前に、たばこのコーナーを設置した多くの店が、売れなくなってしまった原因についてご説明します。


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31.たばこのコーナーが店をダメにしてきた(1988年当時)

下のイラストの店は、約30年前の1988年当時に、各地の街角でよく見られたたばこのコーナーを店頭に設置した店の典型的な様子です。

雑貨店、食品店、文具店、酒販店、化粧品店、薬粧店等々の様々な店の多くが、店頭にたばこのコーナーを設置していました。

たばこのコーナーを設置することのよって、店の構造は複雑になり、客にとっては次第に入りにくい店になっていったのです。

この店の構造は、「店員空間の狭い接触型店」(たばこのコーナー)と、「店員空間のない引き込み・回遊型店」(主体の店)の折衷型店舗となっています。

 

P138
Photo_3
※店員空間の狭い接触型店

Photo_5
※店員空間のない、引き込み・回遊型店

以上のような、折衷型店舗に変化することによって、店員が待機する場所が大きく変化しました。

従来の店のは、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」でしたが、タバコのコーナーを設置することによって、店頭近くに店員が常に待ち受ける店へと変化しました。

元の店も、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」であったために、決して、冷やかしやすさや入りやすさを感じさせる店ではありませんでしたが、折衷型店舗になることによって、いっそう「なわばり」主張の店員のアクションが生じやすい店となったのです。

↓右側の店は、たばこのコーナーを設置しなかった従来の店で、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」です。

↓左側の店は、店頭にたばこのコーナーを設置した店ですが、店全体の構造にはほとんど変化はありません。

↓しかし、客にとっては、たばこのコーナーで待機する店員の姿が気になって、店頭の商品すら気軽には冷かし難くなりました。



P139

 

Photo
※店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店

 

許可制度のたばこのコーナーを設置することによって、安定した売り上げ増が見込まれると想定した店主の考えは、設置した当初は多少の売り上げ増につながりましたが、次第に客足が遠ざかる店へと変わっていきました。

たばこのコーナーで客を待ち受ける店員の存在は、店全体の客に対しては、「なわばり」主張の店員のアクションとなって客を遠ざけることには、気づけなかったのです。

やがて、従来の店の客は大幅に減少し、タバコ客主体の店へと衰退していったのです。

(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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30.タバコがどんどん売れた店(1988年当時)

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2018年5月14日 (月)

30.タバコがどんどん売れた店(1988年当時)

こんにちは。

約30年前の1988年当時は、タバコの健康被害はまだまだ取り沙汰されていない時代でした。

日本全国、商店街に限らずいたるる所で「たばこ」の看板を見かけることができました。

その当時、タバコがよく売れる店が日本各地に存在していましたが、その共通点は、やはり他の物販店と同じく、次の二つの条件をクリアした「たばこ店」でした。

(1)見知らぬ大勢の人が行き交う道路に面した店であること。

(2)「商品空間」「店員空間」「客空間」の「なわばり」が解除され、誰でもが気軽にひやかせる店であること。

百貨店であれ、駅ビルであれ、商店街の店であれ、売れるための条件は同じです。

当然、「たばこ店」であっても同じだったのです。

さて今回は、約30年前に、タバコがどんどん売れる店として評判だった「タバコ店」と一般的な「たばこ店」をご紹介します。


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30.タバコがどんどん売れた店(1988年当時)

この店は、1988年当時、仙台市内にあったタバコ専門店で、よく売れると評判の店でした。

この店は人通りの多い道路に面した角店で、店全体に様々な種類のタバコが陳列されたユニークなたばこ店でした。

↓この店は、「店員空間の狭い接触型店」と「店員空間の狭い引き込み型店」の折衷型店舗です。

 

P134p135

Photo
※店員空間の狭い接触型店

Photo_2
※店員空間の狭い引き込み型店


↓左側の「商品空間」は、店員が全く気にならないために、自由に様々なたばこを冷やかすことができました。


P136


↓当時、町によくあったたばこ店は、下のイラストの様な店で、店主の住居の一部にたばこの販売コーナーが設置されたものでした。

↓客があまりやって来ないこの店では、店員の姿も見えず、「商品空間」も全く魅力がありませんでした。

↓この店も、一応は「店員空間の狭い接触型店」と「店員空間の狭い引き込み型店」の折衷型店舗ですが、上の店に比べて「商品空間」、「店員空間」、「客空間」の全てに関して大きな違いがあることがお分かりだと思います。


P137
Photo_3
※店員空間の狭い接触型店

Photo_2
※店員空間の狭い引き込み型店


↑店主は住居の奥に休んでいて、客から声がかかった時だけ店に出て来てタバコを販売しました。

かつてのたばこ店は、あまり人通りのない道路に面して、「商品空間」と「客空間」と「店員空間」の三空間が不十分に作られていたために、「店」としての機能は失われていて、赤電話の存在だけが妙に目立ったスポットとなっていました。

(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)


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21.客が近づきにくいと感じる店をつくったDCブランド店(1988年当時)

22.ファッション店のバーゲンセールは、店と店員が豹変する(1988年当時)

23.下見客の多い靴店ほどよく売れる(1988年当時)

24.自動車を店で買う時代(1988年当時)

25.買いにくかった中古車センターで見られた客の様子(1988年当時)

26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

27.買いたい人にだけ買ってもらう宝石店の構造(1986年当時)

28.商品パワーの変化が店の構造と店員のアクションを変えた(1988年当時) 

29.「店舗構造」と「店員のアクション」の違いが売り上げを左右した「カメラ売り場」(1988年当時)

 

 

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2018年5月11日 (金)

29.「店舗構造」と「店員のアクション」の違いが売り上げを左右した「カメラ売り場」(1988年当時)

こんにちは。

スマホが「インスタ」という言葉を生み出し、その前のケータイが「写メ」という言葉を生み出すはるか前に、「カメラ」がディスカウントショップの主力商品であった時代がありました。

「○○カメラ」という店名はその名残りです。

誰でもが手軽に買えて楽しめる「カメラ」の登場は、かつては強力だった「商品パワー」を急激に弱めて、「店舗パワー」や「店員パワー」の良し悪しが売り上げを左右することになりました。

百貨店の人気コーナーだったカメラ売り場は消え去り、全く店舗構造と店員のアクションの異なるカメラ売り場(ディスカウントショップ)へと移行していきました。

しかし、ディスカウントされた大量の「商品空間」だけでは、激しい競争に打ち勝つことはできませんでした。

いかに「なわばり」を解除した「店員空間」と「客空間」が用意された店であるかということが、大勢の客を引きつけるかどうかを左右していていたのです。

さて今回は、約30年前の「時計店」が、誰でもが気軽にひやかせる「店舗構造」と「接客方法」の店へと変化してきたことをご説明いたします。


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29.「店舗構造」と「店員のアクション」の違いが売り上げを左右した「カメラ売り場」(1988年当時)

次の二つの「カメラ」のディスカウントショップの店舗構造は、いずれも「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」です。

そして、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」は、セルフサービス方式の接客を行う店の店舗構造です。

しかし、「カメラ」という商品特性上、店員が客から相談を受けたり客に対して説明したりする接客を伴うために、それらの接客を行いやすい店舗構造が必要になります。

↓下のカメラ店は、「商品空間」を挟んで対面販売を行うための店舗構造となっています。

↓そのために、「なわばり」が解除されやすい構造になっています。


P132


↓それに対して、下のカメラ店は、側面販売を行うための店舗構造となっています。

↓そのために、店員が精算カウンター(店員空間)から客の回遊通路(客空間)に出て、接客を行うので、「なわばり」主張の店員のアクションが生じやすくなります。


P133

 

以上のように二つの店は、全体的には「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」という同じ構造で、同じセルフサービス方式を採用した店となっていますが、店員の「なわばり」主張のアクションが生じやすいか、「なわばり」解除のアクションが生じやすいかが、考慮された店が、大勢の客を引きつけ高い売り上げを上げたのです。

(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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4.店が大きいだけで構造が変わるケーキ屋さん(1988年当時)

5.中元・歳暮の特設コーナーは買いやすい(1988年当時)

6.姿を隠した町の電器屋さん(1988年当時)

7.1988年当時、「なわばり」を解除した店に改装して、客を引きつけた「町の電器店」

8.常連客が一般の客を追い払ってしまったオーディオ店(1988年当時)

9.ひやかし客を引きつけて繁盛したオーディオ店(1988年当時)

10.大型電器店が大勢の客を引きつけた理由とは?(1988年当時)

11.大型電器店でも「なわばり」主張の店員のアクションが客を遠ざけた(1988年当時)

12.かつての東京・秋葉原電気街にもあった入りやすい店、入りにくい店(1988年当時

13.改装したらより買いにくくなった化粧品店(1988年当時)

14.改装したら接客が難しくなったブティック風の化粧品店

15.神戸・三ノ宮の地下街「さんちか」にあった化粧品店「コクミン」(1988年当時)

16.同業者に嫌われながらも、多くの客を引きつけた薬粧店(1988年当時)

17.百貨店で最も怖かった化粧品売り場(1988年当時)

18.近づきにくかった百貨店の紳士服売り場(1988年当時)

19.ひやかすには勇気が必要だったブラウス売り場(1988年当時)

20.エスカレーターから見た百貨店の売り場(1988年当時)

21.客が近づきにくいと感じる店をつくったDCブランド店(1988年当時)

22.ファッション店のバーゲンセールは、店と店員が豹変する(1988年当時)

23.下見客の多い靴店ほどよく売れる(1988年当時)

24.自動車を店で買う時代(1988年当時)

25.買いにくかった中古車センターで見られた客の様子(1988年当時)

26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

27.買いたい人にだけ買ってもらう宝石店の構造(1986年当時)

28.商品パワーの変化が店の構造と店員のアクションを変えた(1988年当時) 

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2018年5月 9日 (水)

28.商品パワーの変化が店の構造と店員のアクションを変えた(1988年当時) 

こんにちは。

かつては、「時計」という商品は高額であったために、
前回ご紹介しました「宝石」などと同様に、入りにくく、買いにくい店で販売されていました。

誰もが憧れ、欲しいと感じる商品は、たとえ高額であっても売れていきます。

つまり「商品パワー」が強い場合は、「店舗パワー」や「店員パワー」の力を借りなくても商品は売れていくのです。

「時計」もかつては、「商品パワー」が強かったために、入りにくい店であったり、圧迫感を感じさせる店員が居たりしても、客は我慢をして購入したのです。

やがて、「時計」という商品が、誰でもが気軽に買えるような非常に廉価な商品になると、「商品パワー」が弱くなり、「店舗パワー」と「店員パワー」の良し悪しが売れ行きを大きく左右するようになるのです。

したがって、「なわばり」を解除した「店舗構造」を持ち、同じく「なわばり」を解除した「店員のアクション」を行う「時計店」が次々と登場して来たのです。

さて今回は、約30年前の「時計店」が、誰でもが気軽にひやかせる「店舗構造」と「接客方法」の店へと変化してきたことをご説明いたします。


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28.商品パワーの変化が店の構造と店員のアクションを変えた(1988年当時)

かつての「高額な時計」以上に正確な時間を知ることが保障され、しかも誰もが気軽に何個でも買うことができるような「廉価な時計」が登場することによって、「時計店」の「店舗構造」と「店員のアクション」は全く変わってしまいました。

↓下の時計店の店舗構造は、店の前面がオープンになった「店員空間のある、引き込み・回遊型店」です。

↓すなわち、「時計」という商品が、コンビニエンスストアと全く同じ「店舗構造」で、セルフサービス方式を採用した店で売られるようになったのです。


P130


Photo
※店員空間のある、引き込み・回遊型店

↑「商品パワー」が弱くなった商品は、従来の「店舗構造」と「接客方法」を一変させてしまいました。

↑つまり、従来の店舗構造や接客方法では「なわばり」を解除することができないために、多くの客を引きつけることができないからです。

↑誰もが買える価格の商品は、スーパーやコンビニのように、できるだけ大勢の客を引きつけることができる「店舗構造」と「接客方法」が不可欠なのです。

↓百貨店等では、従来からの高額な「時計」を従来通りの店で、従来通りの売り方で販売を続けていました。

↓下の従来からの「時計店」の「店舗構造」は、「店員空間の狭い接触型店」です。

↓上下の二つのイラストの店を見比べることによって、誰でもが欲しがるような「商品パワー」があった時代は、「なわばり」を主張する「店舗構造」と「接客方法」でも、客は我慢をして購入したことが、よくお分かりいただけると思います。



P131

Photo_2
※店員空間の狭い接触型店

以上のように、客にとって、入りにくく&買いにくく感じさせる店は、一般に「商品パワー」が強い商品を販売しています。

従って、その店の「商品パワー」が弱くならない限りは、決して入りやすく&買いやすく感じさせる店に変更されることはありません。

やがて、著しく「商品パワー」が弱くなることによって、入りやすく&買いやすい「時計店」に変更せざるを得なくなるというのがリアルショップの特性なのです。


(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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17.百貨店で最も怖かった化粧品売り場(1988年当時)

18.近づきにくかった百貨店の紳士服売り場(1988年当時)

19.ひやかすには勇気が必要だったブラウス売り場(1988年当時)

20.エスカレーターから見た百貨店の売り場(1988年当時)

21.客が近づきにくいと感じる店をつくったDCブランド店(1988年当時)

22.ファッション店のバーゲンセールは、店と店員が豹変する(1988年当時)

23.下見客の多い靴店ほどよく売れる(1988年当時)

24.自動車を店で買う時代(1988年当時)

25.買いにくかった中古車センターで見られた客の様子(1988年当時)

26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

27.買いたい人にだけ買ってもらう宝石店の構造(1986年当時)

 

 

 

 

 

 

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2018年5月 7日 (月)

27.買いたい人にだけ買ってもらう宝石店の構造(1986年当時)

こんにちは。

高額商品を販売する店のベテラン店員ともなれば、来店客を一目見ただけで、「買いそうな客」か「買いそうにない客」かを判断することができます。

従って、どちらかの判断に基づいて、店員の接客が行われることになるのです。

しかし、その判断は常に正しいとは限りません。

そのため、「買いそうにない客」だと判断されそうな客が、意を決して買う気で店に行った場合は、より強いプレッシャーを感じてしまいます。

意外なことに客は、店員から「買いそうにない客だと思われた!」と感じたために、ついついその店員から買ってしまうという、おかしな行動をとることがあります。

実際には、もっと他の店の商品も見比べてじっくりと検討してから、購入を決定したかったにもかかわらず買ってしまい、あとあと後悔することも少なくありません。

「買いそうな客」か「買いそうにない客」かを一目で判断できると思っている店員は、じつは店が店員の「なわばり」であり、客は店員の「なわばり」に入ってモノを買うということには無頓着な店員なのです。

従って、やがて高額商品の店の競争が激化し、「なわばり」を解除した店舗構造と接客方法が不可欠なのだと店側が気づく時まで、「入りにくい店」、「買いにくい店」は生き残ることになるのです。

さて今回は、約30年前の「宝石店」は、買う気のある客だけを選別するような店舗構造と接客方法であったことをご説明いたします。


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27.買いたい人にだけ買ってもらう宝石店の構造(1986年当時)

1988年当時(約30年前)の百貨店の宝石売り場は、買う気のない客や、買う気があってもいろいろと比較検討してみたい客にとっては、店員の早い接客アプローチが気になって、気軽に商品を眺めることができる場所ではありませんでした。

当時の宝石売り場の販売関係者達の中には、買う気のない「ひやかし客」が大勢回遊するような宝石売り場は、買う気のある客を遠ざけてしまうと考える人も多く存在していました。

そのために、早い接客を開始して、直ぐに遠ざかる客は買う気のない「ひやかし客」だと判断し、「ひやかし客」は遠ざけても良いと感じていました。

宝石売り場であろうと何の売り場であろうと、客は「なわばり」が解除された店に引きつけられますが、大勢の客が回遊しているコーナー(
サクラパワー)には最も強力に引きつけられます。

そして、「なわばり」が解除された店の商品が売れることになるのです。

下のイラストの百貨店の宝石売り場の店舗構造は、「店員空間の狭い接触型店」です。

「店員空間の狭い接触型店」は、デパ地下のほとんどの店の構造と同じですが、どの店の店員もじっと立って客を待ち、客が近づくと直ぐに接客を開始するために、全く違った店舗構造に感じてしまうのです。

 

 

 

P129


↓当時の商店街にあった貴金属店は、百貨店の宝石売り場以上に、気軽にひやかせる店ではありませんでした。

その原因は、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」の店舗構造と、来店客に対して直ぐに接客を開始する店員のアクションが、共に客を遠ざける「なわばり」主張をいっそう強くしていたからです。



P128
Photo

※店員空間のない、引き込み・回遊型店

 

以上のように、客にとって、当時の百貨店の宝石売り場や商店街の貴金属店が、非常に入りにくい店だと感じたのは、決して高額な商品を販売しているからではなく、「店舗構造」と「店員のアクション」が、「なわばり」を強く主張していたことが、一番の要因なのです。

(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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13.改装したらより買いにくくなった化粧品店(1988年当時)

14.改装したら接客が難しくなったブティック風の化粧品店

15.神戸・三ノ宮の地下街「さんちか」にあった化粧品店「コクミン」(1988年当時)

16.同業者に嫌われながらも、多くの客を引きつけた薬粧店(1988年当時)

17.百貨店で最も怖かった化粧品売り場(1988年当時)

18.近づきにくかった百貨店の紳士服売り場(1988年当時)

19.ひやかすには勇気が必要だったブラウス売り場(1988年当時)

20.エスカレーターから見た百貨店の売り場(1988年当時)

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26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

 

 

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2018年5月 1日 (火)

26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

こんにちは。

約30年前の1988年当時は、ガソリンスタンド(SS=サービスステーション)の店員の接客教育は盛んに行われていました。

なぜならば、店員の接客の仕方の良し悪しが、売り上げを大きく左右すると考えられていたからです。

当時のガソリンスタンドの接客は、客が注文する前から接客を開始する
「常連接客」ではなく、客が注文した後から接客を開始する「一見接客」でした。

しかし、ガソリンスタンドの接客の開始のタイミングが、スーパーマーケットやコンビニエンスストアのセルフサービス方式を採用した店の接客のタイミングと同じなのだという考え方は誰もしていませんでした。

そのために、注文を受けてガソリンを給油するまでの短い間に、店員が素早く関連商品を勧めるという、極めて変わった接客方法が行われていました。

その結果、多くのドライバーにとっては、ガソリンスタンドに行く度に、店員から次々と関連商品を勧められる接客は、大変煩わしいものとなっていました。

1988年に消防法が改正され、セルフのガソリンスタンドが登場することによって、ようやく日本のドライバーは気軽にガソリンを給油することができるようになったのです。

さて今回は、約30年前の「ガソリンスタンド(SS)」も、「なわばり」主張の店員のアクションが、客を遠ざけていたことについてご報告いたします。


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26.生まれ変わる前のガソリンスタンド(1988年当時)

1988年当時(約30年前)のガソリンスタンドも、車の往来が多い主要道路に面した大規模のガソリンスタンドの方が、車の往来の少ない道路に面した小規模のガソリンスタンドよりも、多くの利用客を獲得していました。

ガソリンスタンドであっても、一般の物販店同様に、多くの車が給油している様子からは「
サクラパワー」が生じて「なわばり」を解除し、また忙しそうに動き回る店員のアクションも「なわば」を解除するために、そのようなガソリンスタンドは客からは非常に入りやすいと思われていました。

下のイラストのガソリンスタンドの店舗構造は、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」です。

 

P124p125

Photo_2
※店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店


↓積極的に関連商品を勧める店員のアクションは、「なわばり」主張のアクションとなって、客に大きなプレッシャーを与えました。

ドライバーは、店員から接客されることなく、ガソリンだけを気軽に入れることができるガソリンスタンドを望んでいました。



P126



↓店の奥には、給油や洗車や修理を待っている客を対象にした物販コーナーがありますが、限られた客を対象にした「商品空間」は、一般の物販店のような魅力はありませんでした。

P127

 

当時のほとんどのガソリンスタンドでは、物販店のコーナーを併設し、ガソリン以外の商品を販売する試みが繰り返されていました。

しかし、大勢の通行客が行き交う通路に面した一般的な物販店が持つ立地条件を満たした物販コーナーではなかったために、ガソリンスタンドでの成功例は極めてまれなことでした。

(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)


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2018年4月27日 (金)

25.買いにくかった中古車センターで見られた客の様子(1988年当時)

こんにちは。

約30年前の1988年当時、新車が5~6台ゆったりと並べられるショールームを持つ各ディーラの経営者たちは、十分なスペースのショールームだと考えていました。

商品がわずか5~6個しか陳列されていない物販店であるという認識が全くありませんでした。

したがって、5~6台の商品を常に見張っているかの如く待機している店員が、「なわばり」を主張するアクションを行っているために、客が気軽にはやって来ないのだという理解も全くありませんでした。

当時の販売関係者は、近い将来、コンビニエンスストアーのように、取扱車の全車種が陳列され、セルフサービス方式を採用した自動車のショールームが登場して来るはずだという私たちの提案には、ほとんど耳を傾けることがありませんでした。

「東京アムラックス」(地上五階、地下二階の空間に、系列販売店の枠組みに関係なく多くのトヨタ車を展示したショールーム。1990年~2013年)が東京池袋に登場したのは、その5年後でした。

さて今回は、約30年前の「中古車センター」も、「なわばり」主張の店員のアクションによって、客を遠ざけていたことについてご報告いたします。


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25.買いにくかった中古車センターで見られた客の様子(1988年当時)

1988年当時の中古車センターには、客が営業後に訪れるという現象が珍しくありませんでした。

さほど大きくない中古車センター(店)の場合は、店員がじっと立って客が来るのを待ったり、客が来るや否や直ぐに「いらっしゃいませ!」の声をかけて積極的に接客を開始したりしたために、客は多くの中古車センター(店)を自由に見て回ることができませんでした。

その結果、店員がいない営業終了後の中古車センター(夜間)を、多くの客が自分が気に入る車を求めて見て回るという現象が生じいたのです。

そのことをよく知っていた中古車センター(店)には、夜間に見て回った客が、日中に電話で問い合わせができるように、中古車センターの看板には電話番後が大きく書かれ、夜中でもライトが消えたりすることはありませんでした。

この中古車センターの店舗構造は、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」です。

 

P122


Photo
※店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店


P123


↑やはり、規模の大きい中古車センターは、小さい中古車センターに比べて、大変有利です。

様々な多くの商品(車)が陳列された「商品空間」と、広い回遊通路の「客空間」は、「なわばり」が解除され、ひやかし客も気軽に店内を回遊することができます。

また、大勢の客の質問や相談に対応する店員のアクションは「なわばり」解除のアクションとなり、大勢の客の姿は「サクラパワー」を生み出して、店内の「なわばり」をいっそう解除します。

中古車センターでも、百貨店や商店街の店と同様に、「なわばりを主張する店員のアクションは客を遠ざけ、「なわばり」を解除する店員のアクションは客を引きつけたのです。


(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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4.店が大きいだけで構造が変わるケーキ屋さん(1988年当時)

5.中元・歳暮の特設コーナーは買いやすい(1988年当時)

6.姿を隠した町の電器屋さん(1988年当時)

7.1988年当時、「なわばり」を解除した店に改装して、客を引きつけた「町の電器店」

8.常連客が一般の客を追い払ってしまったオーディオ店(1988年当時)

9.ひやかし客を引きつけて繁盛したオーディオ店(1988年当時)

10.大型電器店が大勢の客を引きつけた理由とは?(1988年当時)

11.大型電器店でも「なわばり」主張の店員のアクションが客を遠ざけた(1988年当時)

12.かつての東京・秋葉原電気街にもあった入りやすい店、入りにくい店(1988年当時

13.改装したらより買いにくくなった化粧品店(1988年当時)

14.改装したら接客が難しくなったブティック風の化粧品店

15.神戸・三ノ宮の地下街「さんちか」にあった化粧品店「コクミン」(1988年当時)

16.同業者に嫌われながらも、多くの客を引きつけた薬粧店(1988年当時)

17.百貨店で最も怖かった化粧品売り場(1988年当時)

18.近づきにくかった百貨店の紳士服売り場(1988年当時)

19.ひやかすには勇気が必要だったブラウス売り場(1988年当時)

20.エスカレーターから見た百貨店の売り場(1988年当時)

21.客が近づきにくいと感じる店をつくったDCブランド店(1988年当時)

22.ファッション店のバーゲンセールは、店と店員が豹変する(1988年当時)

23.下見客の多い靴店ほどよく売れる(1988年当時)

24.自動車を店で買う時代(1988年当時)

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