カテゴリー「◆新しい客がどんどん来る店」の24件の記事

2016年8月21日 (日)

23.「ららぽーと船橋ショッピングセンター」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、1991年当時、大勢のお客様を引きつけた、千葉県・船橋市の「ららぽーと船橋ショッピングセンター」の店員のアクションと店舗構造をご紹介いたします。

当時は、大店法の規制緩和を背景にして、全国各地に多くのSC(ショッピングセンター)が登場してきました。

このSCは、二回の大規模なリニューアルを経て、現在は「ららぽーとTOKYO-BAY」となっていますが、1981年に、船橋ヘルスセンターの跡地に開業した、「 ららぽーと」の1号店兼旗艦店舗です。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)「ららぽーと船橋ショッピングセンター」は、来店客の回遊性が高いSC。(1991年当時)

当時の「ららぽーと船橋ショッピングセンター」は、そごう百貨店とダイエーと、それらを連結する二階建ての約360の専門店モールで構成されていました。

したがって、来店客は、どこへ行くにしてもこの専門店モールを通って移動するために、非常に回遊性の高いショッピングセンターという特徴を持っていました。

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(2)移動通路に面した店は、「なわばり」を解除してお客様を引きつけた。

移動通路に面した大部分の店は、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」で、「なわばり」を解除した「一見接客」が提供されていました。

Photo
※「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」

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※お客様から注文を受けた後から接客を開始する「一見接客」


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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)



この郊外型ショッピングセンターは、1981年に、船橋ヘルスセンターの跡地に開業し、二回の大規模なリニューアルを経て、現在は「ららぽーとTOKYO-BAY」となって、いっそう多くのお客様を引きつけています。

その要因については、時代の変化に対応した店舗構成の改善と、店舗以外に集客力のある商業施設などの新規導入を図り続けていることだと分析されています。

しかし、1991年当時の「ららぽーと船橋ショッピングセンター」が大勢のお客様を引きつけていた最大の要因は、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」の構造をした店が中心となって、「なわばり」を解除した店員のアクションが提供されていたことでした。

特に、約360の専門店が立ち並ぶ、二階建ての専門店モールが、ショッピングセンター全体の回遊性を高めるための、強力な移動空間の中心となっていました。

また、路面バスのターミナルであったことと、JR南船橋駅下車・徒歩5分、京成本線船橋競馬場駅下車・徒歩10分(いずれも無料送迎バス有り)の位置にあり、この「ららぽーと船橋ショッピングセンター」が、大勢の様々な人が行き交う移動空間としての性質を持っていたことが、お客様を引きつける大きな要因となっていたのです。

郊外型ショッピングセンターといえども、開店当初の来店客を持続させたり、それ以上の来店客を集客し続けるためには、交通インフラに隣接した移動空間であることが重要な条件となるのです。

1991年前後に、乱立してきた全国各地のショッピングセンターの中で、早期に衰退を余儀なくされていった多くのショッピングセンターは、「移動空間」としての性質が弱いショッピングセンターだったのです。


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3.セルフサービス方式(一見接客)を採用した「接触型店」の長所と短所とは?

4.大型化する百貨店の和洋菓子店の「一見接客」とは?(1991年当時の銀のぶどう)
5.受付を設けたクリニークの一見接客(1991年当時)とは?

6.日本一広い客空間を設けた「叶匠寿庵」の「一見接客」について。

7.セルフでスーツが買える店、「AOKI アオキ」の「一見接客」について。

8.自由に回遊できる「ラルフローレン」の店が提供した「一見接客」とは?

9.セルフで買える酒の激安店「河内屋酒販」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

10.総合ディスカウントショップ「ロヂャース」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

11.トヨタのショール「アムラックス」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

12.叶匠寿庵の「寿長生の郷」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

13.見知らぬ客が集う夢の国「東京ディズニーランド」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

14.自由に見られる雑貨のデパート「東急ハンズ」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

15.東急ハンズの後に登場した雑貨専門店「ロフト・LOFT」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

16.百貨店の「鮮魚コーナー」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

17.若者の観光地「原宿竹下通り」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

18.おばあちゃんが集まる「巣鴨地蔵通り商店街」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

19.JR構内のKIOSKや他の店が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造。(1991年当時)

20.東京・新宿の東口の「新宿大通り商店街」がお客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

21.東京、池袋の東口の「池袋東口商店街」がお客様を引きつけた店員アクションと店舗構造(1991年当時)

22.「着物の大型展示販売」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)


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2016年8月19日 (金)

22.「着物の大型展示販売」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、1991年当時に、大型イベント会場を短期間だけ借りて「大きもの博」を開催し、大幅なディスカウント価格の「きもの」を販売して、大勢のお客様を引きつけた「友禅の館」の店員のアクションと店舗構造をご紹介いたします。

当時、大勢のお客様を引きつけた「大きもの博」の「友禅の館」は、すでに営業を停止しています。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)初めて登場した、着物の超大型展示即売会。(1991年当時)

ここでご紹介する販売現場は、1991年当時、東京晴海の「東京国際見本市会場」(1996年東京ビッグサイト開場に伴い閉場)を貸し切った会場で、会場全体に畳を敷き詰めて、大量の着物およびその関連商品を、大幅なディスカウント価格で展示即売したものです。

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(2)お客様から注文を受ける前から接客を開始する「常連接客」

この店(会場)に入ると、来店者(来場者)は、入り口で氏名と住所の記入を求められます。

入り口付近には、着物を着た中年の女性店員が何人も待機していて、お客様ごとにひとりの店員がついて、先に立って案内をして行きます。


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※店(会場)は、規模の大きい「店員空間のない、引き込み・回遊型店」

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※お客様から注文を受ける前から接客を開始する「常連接客」


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(3)広い会場を案内しながら接客をする店員

お客様は、買うか買わないかには関係なく、その店員に接客されながら、店内(会場)を回ることになります。

店員はお客様を案内しながら、あれこれ話し掛け、客の好みや要望を聞き出し、興味のありそうな商品のある場所へと誘導していきます。


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(4)商店街の「呉服店」や百貨店の「呉服コーナー」とは異なる「常連接客」。

当時の、商店街の呉服店や百貨店の呉服コーナーは「常連接客」を行う店だったので、買う気がなければ気軽に近づいたり入ったりすることはできませんでしたが、規模の大きい「きもの展示即売会」には、女性客は比較的気軽に入ることができました。

したがって、この店(会場)での「常連接客」は、お客様にとってさほど大きなプレッシャーにはなっていませんでした。

事実、途中で接客を断ることもできました。


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※商店街や、駅ビルにある呉服店の「店舗構造」
(1)「店員空間のない、引き込み・回遊型店」

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※商店街や、駅ビルにある呉服店の「店舗構造」
(2)「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」

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(5)見知らぬ店員に対しては、お客様は話しかけやすい。

この店(会場)のお客様と店員は、お互いに見知らぬ関係であるために、いろいろと質問や相談をしても、必ずしも購入する必要はありませんでした。

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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです)



1991年当時、着物のディスカウントセールは、商店街の店や百貨店や駅ビルの店などでも、頻繁に行われていました。

しかし、この「大きもの博」(友禅の館)だけが、大勢のお客様を引きつけた具体的な要因は何だったのでしょうか?

それは、

「展示即売会」が短期間で終了となるために、店員とお客様は、どの店よりもお互いに見知らぬ同士の関係であったこと。

非常に広い店内(会場)には、大勢のお客様が回遊し、サクラパワー現象が生じていたこと。

入り口で待ち受ける店員の接客を、お客様は途中で断ることも容易にできたこと。

非常に広い、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」での「常連接客」は、商店街や百貨店や駅ビルなどの「呉服店」の「常連接客」に比べると、限りなく「一見接客」に近かったこと。

以上のような理由により、「大きもの博」は、大勢のお客様を引きつけました。

お客様は、大幅にディスカウントされた価格にだけ引きつけられたのではなく、気軽に見たり触れたり試したりして購入することができる、「なわばり」が解除された「呉服店」を望んでいたのです。

経営自体も不確かなこのような店や売り方は、当時から多くの批判を浴びましたが、大勢のお客様が、「なわばり」が解除された「呉服店」を気軽にひやかしたり、自由に商品を選んだりしたいという強いニーズを持っていたことは、紛れもない事実だったのです。


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16.百貨店の「鮮魚コーナー」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

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18.おばあちゃんが集まる「巣鴨地蔵通り商店街」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

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21.東京、池袋の東口の「池袋東口商店街」がお客様を引きつけた店員アクションと店舗構造(1991年当時)


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2016年8月17日 (水)

21.東京、池袋の東口の「池袋東口商店街」がお客様を引きつけた店員アクションと店舗構造(1991年当時)

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、東京の「池袋東口商店街」が、1991年当時に、大勢のお客様に対して提供した「一見接客」をご紹介いたします。

東京・池袋駅の東口とサンシャイン60を結ぶ「池袋東口商店街」は、1990年にトヨタの大型ショールーム「アムラックス東京」が開業するとともに、たちまち大勢の若者が回遊する商店街へと変貌を遂げていきました。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです)


(1)大勢の見知らぬ客の往来が、次々と新しい店を呼び寄せた。(1991年当時)

大勢の見知らぬ客が行き交うようになった通りには、直ぐに若者向けのファーストフード店が登場してきました。

それに続いて進出してきた物販店は、いずれも、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」で「一見接客」を行う店です。

Photo
※「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」

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※お客様から注文を受けた後から接客を開始する「一見接客」

当時はますます、このタイプの物販店の登場が予測できる状況でした。(1991年当時)


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※1991年当時の「池袋東口商店街」の風景




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※現在の「池袋東口商店街」の風景

(2)進出して来た新しい店は、大勢の見知らぬ客に「一見接客」を提供した。(1991年当時)

ファーストフード店でも様々な物販店でも、お客様から注文を受けた後から接客を開始する「一見接客」が行われたために、この通りはいっそう「なわばり」が解除されていきました。

P119

(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)

かつて商店街の店を利用していた大勢のお客様が、商店街から去って行ってしまう時は次の二つです。

一つは、駅周辺の再開発によって、商店街以外に主要な通りが登場してきた時です。

もう一つは、近くに大型店が進出してきた時です。

なぜなら、大型店は、「なわばり」を解除する店員のアクションと、それを生み出しやすい店舗構造の店が主流だからです。

それに対して、人通りの少なくなった商店街の店では、「なわばり」を主張する店員のアクションとそれを生み出しやすい店舗構造が前面に出てきてしまうからです。

つまり、全国各地の商店街は、「なわばり」を主張する店員のアクションとそれを生み出しやすい店舗構造によって、衰退を余儀なくされていったのだと言っても決して過言ではありません。

今回、ご紹介した「池袋東口商店街」は、大勢の見知らぬ客が行き交う移動空間となったことと、「なわばり」を解除する店員のアクションを伴う新しい店が次々と進出して来たがために、大勢の客で賑わう「商店街」となることができたのです。

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9.セルフで買える酒の激安店「河内屋酒販」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

10.総合ディスカウントショップ「ロヂャース」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

11.トヨタのショール「アムラックス」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

12.叶匠寿庵の「寿長生の郷」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

13.見知らぬ客が集う夢の国「東京ディズニーランド」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

14.自由に見られる雑貨のデパート「東急ハンズ」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

15.東急ハンズの後に登場した雑貨専門店「ロフト・LOFT」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

16.百貨店の「鮮魚コーナー」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

17.若者の観光地「原宿竹下通り」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

18.おばあちゃんが集まる「巣鴨地蔵通り商店街」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

19.JR構内のKIOSKや他の店が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造。(1991年当時)

20.東京・新宿の東口の「新宿大通り商店街」がお客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)


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2016年8月15日 (月)

20.東京・新宿の東口の「新宿大通り商店街」がお客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、世界一の乗降客数を誇る新宿駅の東口から、地下鉄メトロ新宿御苑前駅まで続く「新宿大通り商店街」が、1991年当時に提供した「一見接客」をご紹介いたします。

現在では、外国人観光旅行者を対象とした高級ブランドショップが立ち並び、1991年当時の面影すら見当たらないほどに変化を遂げている商店街です。

以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)大勢の人で賑わう「商店街」のノウハウがいつでも観察できた街。(1991年当時)

停滞&衰退を続けてきた全国各地の商店街においては、この当時も、まだ依然として、様々な商店街の活性化策が練られ、客を呼び戻すための模索が続けられていました。

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※1991年当時の「新宿大通り商店街」の風景


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※現在の「新宿大通り商店街」の風景。(左手前・紀伊國屋書店、左奥・伊勢丹、右手前・三越跡のビックロ、右奥・丸井)


(2)「なわばり」を解除する、作業中や接客中の店員のアクションが、どの店でも観察できた街。(1991年当時)

当時は、「新宿大通り商店街」の大部分は、伊勢丹、三越、丸井などの百貨店や大型店よって占められていました。

このような店では、基本的に「一見客」を対象にした「一見接客」が行われており、それ以外の店は、従来の「常連接客」となっていましたが、途絶えない大勢のひやかし客によって、自然に「一見接客」になっていました。

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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


全国各地の商店街が衰退していった一番の要因は、商店街の店が、店員の「なわばり」を主張しやすい、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」か「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」の構造で、地元の馴染み客を対象にした「常連接客」をしていたことです。

Photo_11※「店員空間のない、引き込み・回遊型店」


Photo_12※「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」


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つまり、大勢の見知らぬ客を対象にして、「なわばり」を解除した店舗構造と接客方法(一見接客)を行う「商店街」ではなかったのです。

近隣や通勤&通学途上に、「なわばり」を解除した商業集積が登場して来るにつれて、高きから低きに流れる水のごとく、各地の「商店街」からお客様が離れていきました。

ところで、この「新宿大通り商店街」には、全国各地の商店街に見られる、アーケード、カラー舗装、緑や小公園、愛称、シンボルタワー、店舗ファサードの統一、夜も明るいシャッター、タイル舗装の舗道などは何一つありません。

あるのは、ただ大勢の見知らぬ客が行き交う「移動空間」だけなのです。

大勢の見知らぬ客が行き交うことによって、次第に店の「なわばり」を解除して、ますます見知らぬ客を引きつけていたのが、この「新宿大通り商店街」(1991年当時)だったのです。


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2016年8月13日 (土)

19.JR構内のKIOSKや他の店が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造。(1991年当時)

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、1991年当時、年々広くなっていく主要駅構内の「KIOSK(キオスク)や他の店」が、「一見接客」を提供することによって「なわばり」を解除して、見知らぬ大勢の客を引きつけた様子をご紹介いたします。

1991年当時は、近年のような本格的な「駅ナカショップ」の登場を、関係者は誰も予測していませんでした。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)約30年前(1987年4月)、国鉄がJRに変わり、主要駅の構内も変化した。

国鉄からJRに変わって、駅の構内には新しい店が次々と登場してきました。

例えば、下の店は、ショッピングセンターや路面にあった、「店員空間の広い接触型店」の構造をしたファーストフードショップで完全な「一見接客」の店です。(1991年当時)

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※「店員空間の広い接触型店」

(2)「店員空間のある、引き込み・回遊型店」のレディス専門店。

この店は、構内にありながらも、入り口を閉め切った「店員空間のある、引き込み・回遊型店」で、セルフサービス方式を採用した店となっています。(1991年当時)

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※「店員空間のある、引き込み・回遊型店」

(3)規模の小さい「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」。

下の店は、「CDショップ」と「ファッションウォッチの店」で、いずれもセルフサービス方式の店となっていますが、店内が狭いために、店員の存在が気になって、なかなか気軽にはひやかせない店となっています。(1991年当時)


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※「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」

(4)構内の店でも、ひかしやすい店とひやかしにくい店が混在していた。

駅構内の店にも、ひやかしやすい店とひやかしにくい店がありました。

セルフサービス方式を採用した店でも、狭くて複雑な構造をしているために、なかなかお客様を引きつけられない店もありました。

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セルフサービス方式を採用していなくても、「店員空間の広い接触型店」の場合は、作業中や接客中の店員のアクションが生じやすいために、大勢のお客様を引きつけました。(下のイラストの和洋菓子店)

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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)



現代の駅ナカショップの代表的な存在といえば、東京・新宿駅構内の「ニュウマン」です。

1991年当時と比べると、はるかに規模も大きく、買いやすくなっていることがわかります。


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※東京・新宿駅構内に登場した「駅ナカ」ショップ「ニュウマン」の様子(1)。


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※東京・新宿駅構内に登場した「駅ナカ」ショップ「ニュウマン」の様子(2)。


「駅」は現代の見知らぬ人々が行き来する典型的な交通の要衝です。

したがって、全国各地の商店街は、駅を拠点とした主要道路に沿って発展してきました。

駅のそばにあることがすなわち良い立地だと考えられてきたのです。

そのため駅の周辺は大いに発展を続けましたが、駅そのものの中には、これといった店は存在しませんでした。

しかし、見知らぬ人が行き交う交通の要衝にこそ、店が発生して来たことを考えれば、当時(1991年当時)でさえ、駅の構内がいかに商売に適した空間であるかということは、容易に予測することができました。

残念ながら当時は、私たちと同じ考え方をするJRの関係者や多くの専門家たちは見当たりませんでした。

現在、大勢のお客様を引きつけているような本格的な「駅ナカ・駅ソト」ショップが登場してくるまでには、その後、長い長い年月を要したのです。


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3.セルフサービス方式(一見接客)を採用した「接触型店」の長所と短所とは?

4.大型化する百貨店の和洋菓子店の「一見接客」とは?(1991年当時の銀のぶどう)
5.受付を設けたクリニークの一見接客(1991年当時)とは?

6.日本一広い客空間を設けた「叶匠寿庵」の「一見接客」について。

7.セルフでスーツが買える店、「AOKI アオキ」の「一見接客」について。

8.自由に回遊できる「ラルフローレン」の店が提供した「一見接客」とは?

9.セルフで買える酒の激安店「河内屋酒販」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

10.総合ディスカウントショップ「ロヂャース」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

11.トヨタのショール「アムラックス」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

12.叶匠寿庵の「寿長生の郷」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

13.見知らぬ客が集う夢の国「東京ディズニーランド」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

14.自由に見られる雑貨のデパート「東急ハンズ」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

15.東急ハンズの後に登場した雑貨専門店「ロフト・LOFT」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

16.百貨店の「鮮魚コーナー」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

17.若者の観光地「原宿竹下通り」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

18.おばあちゃんが集まる「巣鴨地蔵通り商店街」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?


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2016年8月11日 (木)

18.おばあちゃんが集まる「巣鴨地蔵通り商店街」が、お客様を引きつけた店員のアクションと店舗構造(1991年当時)

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、1991年当時、「おばあちゃんの原宿」と言われた、東京・豊島区の「巣鴨地蔵通り商店街」の店が、「一見接客」を提供して「なわばり」を解除し、大勢の中高年の女性客を引きつけた様子をご紹介いたします。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)「巣鴨地蔵通り商店街」は、「おばあちゃんの原宿」として、連日たくさんの中高年の女性客で賑わっています。(1991年当時)

JR巣鴨駅から150mほど行くと、とげぬき地蔵のある高岩寺へと続く「巣鴨地蔵通り商店街」の入り口があります。

そして、大勢の年配の女性客が、とげぬき地蔵をタワシで磨きにやって来ます。

P108p109

※1991年当時の風景

Photo

※現在の「巣鴨地蔵通り商店街」

(2)広範囲の客を集める観光地としての「商店街」。

「巣鴨地蔵通り商店街」が一般の商店街と違うのは、関東一円からやって来る、大勢の見知らぬ客(一見客)を対象にした、観光地としての「商店街」であることです。

P108
※四のつく日は高岩寺の縁日で、大勢の客でにぎわいます。



Photo_2

※とげぬき地蔵のある「高岩寺」


(3)「常連接客」と「一見接客」が混在する観光地の商店街。

ここ「巣鴨地蔵通り商店街」は、かつての観光地にたくさん存在していた、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」の店が多く、「一見接客」だけでなく、「常連接客」も多く行われています。

しかし、見知らぬ店員が見知らぬ客に対して行う「常連接客」は、一般的な商店街の「常連接客」に比べて、非常にプレッシャーの弱いものでした。


P109
※同じ四のつく日でも、毎月「14日」が、最も大勢の客でにぎわいます。


Photo_3
※とげぬき地蔵

(4)「常連接客」になれた年配客も、「一見接客」の店に引きつけられる。

地元の商店街の「常連接客」になれた年配のお客様も、「店員空間の広い接触型店」(下のイラストの店)の構造をした「一見接客」の店に、強く引きつけられます。

ここ「巣鴨地蔵通り商店街」では、見知らぬ客となって、「一見接客」を受けることが、大きな魅力の一つでもあったのです。

P110

(5)年配客でも、やはり「なわばり」が解除された店頭の「商品空間」が好き。

地元の商店街では店をひやかして歩くことのない年配客にとっても、この商店街の店頭の「商品空間」を気軽にひやかして歩くことが大きな楽しみとなっています。

「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」の構造をした「常連接客」の店であっても、

通行客の多いこの商店街では、誰でもが、買わずに気軽にひやかすことができたのです。

P111

Photo_4
※現在も変わらない店舗構造と接客方法のファッション店

(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)

当時の「巣鴨地蔵通り商店街」は、「おばあちゃんの原宿」とは名ばかりで、店の構造は、各地の商店街の店と同様の、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」がほとんどでした。

Photo_5※「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店

ちなみに、当時の原宿「竹下通り」では、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」の構造をした、セルフサービス方式のタレントショップがたくさん立ち並んでいました。

Photo_6 ※「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」

にもかかわらず、ここが「おばあちゃんの原宿」と言われたのは、広範囲の見知らぬ客を対象にしていたことと、四のつく日は高岩寺の縁日で、「地蔵通り商店街」は車両通行止めとなり、たくさんの露店が出て、大勢の年配の女性客でにぎわったからなのです。

したがって、東京・原宿の「竹下通り」が、全国各地の修学旅行の中高生にとって、日本一「なわばり」が解除された「街」であったように、ここ「巣鴨地蔵通り商店街」も、中高年の女性にとっては、日本一「なわばり」が解除された「商店街」だったのです。

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2016年8月 7日 (日)

17.若者の観光地「原宿竹下通り」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、1991年当時、修学旅行のメッカとして全国各地の中高生を引きつけた、東京・原宿の「竹下通り」の店が、大勢の修学旅行生に「なわばり」を解除して提供した「一見接客」をご紹介いたします。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)若者向けファッションの「竹下通り」が、修学旅行のメッカとなった。(1991年当時)

1987年(昭和62年)に、日本テレビの「元気が出るハウス」が開店後、竹下通り周辺には多くの「タレントショップ」が林立し、1989年(平成元年)の最盛期には竹下通りだけで40店舗以上のタレントショップが存在していました。


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(2)タレントショップが立ち並んだ、若者の観光地。(1991年当時)

タレントショップは1989年をピークに陰りが見え始めましたが、1991年当時は、まだまだ多くのタレントショップが全国各地の修学旅行生を引きつけていました。


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(3)見知らぬ大人も行き交う「竹下通り」が、修学旅行生に提供した特別な空間。

通りまでせり出したたくさんの商品と、賑やかに声をかける若い店員たちの姿が、この通りに熱気と興奮を生み出していました。

性別も年齢も問われない匿名性が守られた特別な空間で、修学旅行生は思う存分自由を満喫していました。


105

(4)タレントショップは、セルフサービス方式が採用された店。

タレントショップの登場以来、「竹下通り」は「店員空間のある、引き込み・回遊型店」と「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」の構造をした店が主体となり、セルフサービス方式を採用した完全な「一見接客」が提供されていました。

Photo

※「店員空間のある、引き込み・回遊型店」


Photo_2

※「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」



106

(5)セルフサービス方式でない店も「一見接客」を提供。

セルフサービス方式ではない店も多数存在していましたが、大勢の客が行き交うこの「竹下通り」では、お客様から注文を受けた後から接客を開始する「一見接客」となっていました。

そのために、お客様は、気軽に店頭の商品をひやかすことができたのです。


107img268


(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


東京・山手線・「原宿駅」から「明治通り」に向かって緩やかに下る、全長約350メートルの通りは、コンビニエンスストアが日本各地に急激に普及していった1980年代に、コンビニエンスストアと同じ構造と接客方法を採用したタレントショップの多数の登場によって、全国の中高生の修学旅行のメッカとなっていったのです。

人気のタレントのショップであることは、それだけで十分に「なわばり」が解除された店となりますが、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」あるいは「店員空間のある、引き込み・回遊型店」の構造をした、セルフサービス方式の店であったことが、大勢の修学旅行生を引きつけた一番の要因なのです。

したがって、全国各地の中高生の修学旅行生にとって、「竹下通り」は日本一「なわばり」が解除された「街」だったのです。

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2016年8月 2日 (火)

16.百貨店の「鮮魚コーナー」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除し、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、約25年前の1991年当時、各百貨店が生鮮野菜・精肉・鮮魚などのコーナーを競って充実させましたが、中でも大変な人気を獲得した小田急百貨店・小田急ハルクの「鮮魚コーナー」が大勢のお客様に提供した「一見接客」をご紹介いたします。

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


(1)狩猟採集の血を騒がせる大型「鮮魚コーナー」。

壁際の通路の一部をそっくり利用したかなり広い「鮮魚コーナー」は、セルフサービス方式を採用して、買い物かごに次々と商品を入れて移動する大勢のお客様に、「狩猟採集」の気分を提供しました。

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(2)大勢の見知らぬ客が行き交う「鮮魚コーナー」の通路は、頻繁に「サクラパワー現象」が生じて、「なわばり」が解除された「客空間」となっていました。

そのために、近所のスーパーの「鮮魚コーナー」よりもはるかに、お客様の買いたい気分が盛り上がりました。

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(3)お客様の目の前で、店員が威勢のよい掛け声をかけながら好みの魚をさばいてくれる。

調理を行う実演コーナーでは、店員が慣れた手さばき見せながら「なわばり」を解除するアクションを行うために、次々と大勢のお客様が引きつけられます。

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(4)商品の補充や整理に専念したり、レジカウンターで精算作業に専念したりする店員の様子は、「なわばり」を解除する店員のアクションとなって、買いやすい雰囲気をいっそう盛り上げます。

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(5)次々と新しい商品が運ばれて、補充したり、さばいたりする店員の様子が、商品の新鮮さをいっそう強く感じさせました。

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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


従来の百貨店の食品フロア(デパ地下)の「鮮魚コーナー」は、「店員空間の狭い接触型店」が中心となっていたために、「商品空間」をひやかすためには、店員からの接客アプローチのプレッシャーに打ち勝たなければいけませんでしたが、セルフサービス方式のこの「鮮魚コーナー」は、買うか買わないかには関係なく、自由に「商品空間」を眺めることができました。

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※「店員空間の狭い接触型店」


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※「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」(セルフサービス方式の店)


そして、接客中や作業中の店員のアクションが、「店員空間」と「商品空間」の「なわばり」を解除し、さらに「サクラパワー現象」が、「客空間」(回遊通路)の「なわばり」を解除するために、この「鮮魚コーナー」だけが際立って「なわばり」が解除された特殊な空間となっていました。

つまり、この「鮮魚コーナー」が大勢のお客様で賑わった要因は、大量の商品が陳列されていたこともさることながら、「なわばり」を解除する店員のアクションと、客が客を呼ぶ「サクラパワー現象」こそが一番の要因だったのです。


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2016年7月31日 (日)

15.東急ハンズの後に登場した雑貨専門店「ロフト・LOFT」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって「なわばり」を解除して、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、一昨日ご紹介しました、「東急ハンズ・渋谷店」から約10年遅れて、1987年にオープンした「渋谷ロフト」(当初の名前はシブヤ西武ロフト館)が、1991年当時に、大勢のお客様に提供した「一見接客」についてご説明いたします。

生活雑貨用品とそれらを作る工具と材料が中心の 「東急ハンズ」と、こだわりのある生活雑貨を中心とした「ロフト」とは区別化されています。(「ロフト」は、2016年2月現在、FC14店舗を含む103店舗を営業中 )

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)

(1)「常連接客」の店で売られていた雑貨商品を、「一見接客」の店で販売。

かつては、商店街や百貨店や専門店で、「常連接客」を通じて販売されていた雑貨商品が、「一見接客」の店で販売されることによって、商品そのものの価値までもが変化しました。

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(2)薄暗い照明と大量の商品陳列が、祭りの気分を盛り上げた店。

明るい空間に、整然と商品が陳列された「東急ハンズ」に対して、「渋谷ロフト」は、薄暗い店内に、様々な雑貨が大量に、わざと雑然と陳列されることによって、祭りの雰囲気がかもしだされていました。(1991年当時)

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(3)大勢の「見知らぬ客」が行き交う「客空間」、大量に陳列された「商品空間」、「一見接客」を行う「店員空間」の三空間が大勢のお客様を引きつけた。

この店は、「店員空間のある、引き込み・回遊型店」で、セルフサービス方式を採用した「一見接客」の店です。

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2

こだわりの雑貨商品が大量に陳列された店だから大勢のお客様が引きつけられたのではなく、「なわばり」が解除された「商品空間」と「客空間」と「店員空間」の三空間に、大勢のお客様は引きつけられたのです。

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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)

生活雑貨を販売する従来までの店と、この店「渋谷ロフト」の店の大きな違いは、大型の一つの店において、ほとんどの生活雑貨が販売されていることです。

ほとんどの生活雑貨を販売しているこの店には、それぞれの生活雑貨を求めて、性別・年齢・職業を越えた様々な客、つまり、大勢の見知らぬ客が集っているのです。

大勢の見らぬ人が行き交う場所は、かつては「境界」でしたが、大勢の見知らぬ客が行き交うこの店は、さながら現代の「境界」としての魅力を発揮して、いっそう大勢のお客様を引きつけたのです。

「渋谷ロフト」は、豊富な生活雑貨が客を呼んでいるのではなく、大勢の見知らぬ客の行き交う様子が、大勢の客を呼んでいるのです。


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4.大型化する百貨店の和洋菓子店の「一見接客」とは?(1991年当時の銀のぶどう)
5.受付を設けたクリニークの一見接客(1991年当時)とは?

6.日本一広い客空間を設けた「叶匠寿庵」の「一見接客」について。

7.セルフでスーツが買える店、「AOKI アオキ」の「一見接客」について。

8.自由に回遊できる「ラルフローレン」の店が提供した「一見接客」とは?

9.セルフで買える酒の激安店「河内屋酒販」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

10.総合ディスカウントショップ「ロヂャース」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

11.トヨタのショール「アムラックス」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

12.叶匠寿庵の「寿長生の郷」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

13.見知らぬ客が集う夢の国「東京ディズニーランド」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

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2016年7月29日 (金)

14.自由に見られる雑貨のデパート「東急ハンズ」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

こんにちは。

このシリーズでは、約25年前(1991年当時)、お客様を「一見客・いちげんきゃく」(見知らぬ客)として迎え、「一見接客・いちげんせっきゃく」を提供することによって、大勢のお客様を引きつけた店、あるいは引きつけようとした店をご紹介しています。

さて今日は、1978年9月にオープンした「東急ハンズ・渋谷店」が、1991年当時に、大勢のお客様に提供した「一見接客」についてご説明いたします。

「東急ハンズ・渋谷店」は、1976年の第1号店の藤沢店(2006年閉店)、そして1977年の第2号店の二子玉川店(2006年閉店)に続いて、第3号店としてオープンしました。

すでにご存知の通り、「東急ハンズ」は住まいと生活に関連する商品を取り扱い、特に生活雑貨を主体とした細かな品ぞろえが特徴の店として大人気となり、現在もなお、多くのお客様を引きつけています。(「東急ハンズ」は、2016年4月現在、FC7店舗・海外2店舗含む43店舗を営業中 )

(以下のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです)


(1)商店街の店で売られていた商品が、一堂に会した店。

当時の「東急ハンズ」は、特別に珍しい商品が売られている店ではありませんでした。

そこでは、全国各地の商店街で、「常連接客」によって売られていた商品が、一定の基準で取り揃えられていました。

多くのお客様は、かつては商店街の店で売られていたものの、ゆっくりと眺めたことがなかった様々な商品に、「一見接客」を行うこの店を通して初めて、店員の目を気にすることなく接することができるようになったのです。

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(2)セルフサービス方式を採用した完全な「一見接客」。

お客様に注文を受けた後から接客を開始するのが「一見接客」。

お客様に注文を受ける前から接客を開始するのが「常連接客」。

この店の「一見接客」によって、多くのお客様は、店全体の商品を新鮮に感じました。(1991年当時)

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(3)大勢の「見知らぬ客」が回遊する空間で、客はモノが買いたくなる。

かつての全国各地の商店街の通り自体には、大勢の老若男女のお客様が行き交っていました。

しかし、それぞれの商店街の「店」には、ごく限られたお客様しか出入りが許されませんでした。

この店「東急ハンズ」は、店全体がかつての商店街の通りであり、しかも大勢の見知らぬ老若男女が回遊する空間なのです。

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(以上のイラストは、「新しい客がどんどん来る店」・日本経済新聞社・1991年より抜粋したものです。)


1970年代にスーパーマーケットが、1980年代にコンビニエンスストアが全国に勢いよく普及してゆくと共に、かつての全国各地の商店街の店は、衰退ないしは停滞を余儀なくされていきました。

「常連接客」を行う商店街の店は、「一見接客」を行うスーパーやコンビニ、そしてそれらに続いて普及していった様々な業種の「一見接客」の店に凌駕されていったのです。

その商店街の店で売られていた様々な生活雑貨商品は、「常連接客」のために、なかなか気軽には、見たり触れたりすることができないものでした。

ところが、「一見接客」を採用した「東急ハンズ」の登場によって、それまで商店街の店で売られていながら遠い存在であった様々な生活雑貨が一気に身近な存在に変化し、多くのお客様はそれらを非常に新鮮な商品だと感じました。

身近にあって、一年中営業している店で売られている商品であっても、その店が「常連接客」を行う店であるというだけの理由によって、ほとんどのお客様の目に触れないという現実が存在していたのです。

それらの商品は、この店「東急ハンズ」の「一見接客」によって初めて日の目を見ることになったと言っても、決して過言ではありません。


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3.セルフサービス方式(一見接客)を採用した「接触型店」の長所と短所とは?

4.大型化する百貨店の和洋菓子店の「一見接客」とは?(1991年当時の銀のぶどう)

5.受付を設けたクリニークの一見接客(1991年当時)とは?

6.日本一広い客空間を設けた「叶匠寿庵」の「一見接客」について。

7.セルフでスーツが買える店、「AOKI アオキ」の「一見接客」について。

8.自由に回遊できる「ラルフローレン」の店が提供した「一見接客」とは?

9.セルフで買える酒の激安店「河内屋酒販」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

10.総合ディスカウントショップ「ロヂャース」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

11.トヨタのショール「アムラックス」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

12.叶匠寿庵の「寿長生の郷」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?

13.見知らぬ客が集う夢の国「東京ディズニーランド」が、1991年当時に提供した「一見接客」とは?


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