カテゴリー「◆続・入りやすい店売れる店」の60件の記事

2016年5月12日 (木)

53.(20)自動販売機がとりついた店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

日本の商店街の店の栄枯盛衰を研究することは、

(1)売れる店と売れない店が生じる訳

(2)駅ナカ・駅ソトショップに大勢のお客様が引きつけられる訳

(3)駅ナカ・駅ソトショップの中にも売れる店と売れない店が生じる訳

などについて知ることにつながります。

実は、「商店街の店」とは、「店」本来の性質を埋め込んで、当時の諸事情を背景にして発案された、特別な役割を担った「新しい店」(当時としては)だったのです。

やがて役割を終えて静かに消え去っていった多くの「商店街の店」と入れ替わるかのように、次々と登場してきた新しい商業集積もまた盛衰を繰り返し、そしていよいよ、「店」本来の性質を蘇らせた新しい店が登場してきています。

さて今日は、20回シリーズでご説明してきました、かつての商店街の店の最終回です。

その店とは、「自動販売機にとりつかれた店」で、かつての全国各地の商店街(約30年前の1988年当時)には、必ず存在していた店なのです。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)

(1)自動販売機を置くことによって、店内にはいる客の数が減少する(1988年当時)

………下の二店は「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」の酒店と化粧品店なのですが、接触部分の商品空間はすべて自動販売機になっています。

Photo_18


「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」の本来の機能は、接触部分で多くの客をひきつけて、そのうちの何割かの客に店内を回遊させることなのです。

ところがこの場合、自動販売機を利用する客は目的がはっきりしているので店内にははいってきません。………

P181

(2)店内の様子がよく見えないので、フリー客がはいりにくい(1988年当時)

………一方、本当にこの店に興味を持ちそうな客の目には店内の様子が見えないので、なかなか客数を増やすことができないのです。

こんな構造では店員の努力も意味がないので、店はますます無気力になり、自動販売機に頼り続けることになるのです。………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


このブログでは、「日本の商店街はなぜ滅んだのか?」の第一要因として、「店に住み込んだ店主が、接客をする店であったから」だということを、何度もご説明してまいりました。

かつての馴染みのお客様は、濃密な人間関係を背景にした接客をする店を避けて、商店街から遠ざかって、希薄な人間関係しか存在しない店へと遠ざかってしまったのです。

何とかして遠ざかったお客様を呼び戻そうとして必死になって頑張った店主たちは、やがてそれが大変難しいことだと知ることになり、何とかして当座しのぎの利益を増やそうとする方策に舵を切っていったのです。

それが、衰退の影が忍び寄った商店街に、溢れるように出現してきた自動販売機です。

店主が休んでいる間も代わって、24時間販売してくれる自動販売機は、最初は利益を生み出しましたが、自動販売機を店頭に設置することによって、以前よりもいっそうお客様がはいりにくい店になってしまいました。

馴染みの店主が馴染みのお客様に接客をすることが特性であった商店街の店が、一転して、全く接客を伴わないで販売が完了してしまう自動販売機を設置することによって、商店街の店らしさは、どんどん損なわれていきました。

「商店街の店」が滅んでいった要因の一つとして、店主自身のやる気の欠如を指摘する、全く見当はずれな専門家の声もありますが、決して商店街の店主自身のやる気が欠如していた訳ではありません。

「商店街の店」が、商店街の店としての役割を終えただけのことなのです。

かつては、多くの日本人が、「商店街の灯り」に大きな「元気」を与えてもらいました。

しかし、その灯りは、「茶市の風」とは、元来性質の異なるものだったのです…。

やはり、商店街の栄枯盛衰の締めくくりとしては、前回にもご紹介しました。「本来の店」の性質を語った次の一文が最もふさわしいと考えます。

『茶市の風に吹かれると風邪をひかん』(長崎県・早岐・はいきの茶市)

※長崎県の早岐に「茶市・ちゃいち」という市が立ちます。茶市の風に吹かれると風邪をひかないといわれています。おそらく、その市には元気の源があったのでしょう…。


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1.(1)子供が去って行った菓子店(1988年当時のさびれゆく小売店)

2.(2)味が伝わらない和菓子店(1988年当時のさびれゆく小売店)

3.(3)限られた人だけのブティック(1988年当時のさびれゆく小売店)

4.(4)過去を売り続ける衣料品店(1988年当時のさびれゆく小売店)

5.(5)流行を捨てた靴店(1988年当時のさびれゆく小売店)

6.(6)若者に人気のないカバン店(1988年当時のさびれゆく小売店)

7.(7)守り続ける宝石・貴金属店(1988年当時のさびれゆく小売店)

8.(8)セルフで買えない文房具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

9.(9)貯蔵庫になった酒販店(1988年当時のさびれゆく小売店)

10.(10)古い体質が苦しい精米店(1988年当時のさびれゆく小売店)

11.(11)自由に選べない精肉店(1988年当時のさびれゆく小売店)

12.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

13.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

14.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)

15.(15)思い出に埋もれた玩具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

16.(16)あかりの消えた電器店(1988年当時のさびれゆく小売店)

17.(17)過ぎた日々を写す写真店(1988年当時のさびれゆく小売店)

18.(18)在庫も眠る寝具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

19.(19)元気のないスポーツ用品店(1988年当時のさびれゆく小売店)


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2016年5月 8日 (日)

52.(19)元気のないスポーツ用品店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

戦後の著しいの日本経済の発展と共に全国各地の商店街は隆盛を続けてきましたが、1970年代~1980年代を境にして、少しずつ陰りを見せ始め、それ以降、全国各地の商店街のほとんどが衰退の一途を辿ることになりました。

その原因については、大型店の登場、交通機関の発達、マイカーの普及、後継者不足等々が挙げられています。

このブログでは、その一番の原因を探るために「人の動き」という観点から観察し、商店街が衰退を余儀なくされた一番の要因は、「商店街の接客からお客様が遠ざかって行った」ことだと分析しています。

それでは、なぜほとんどのお客様は、商店街の店の接客を嫌ったのでしょうか?

それは、店が店員の「なわばり」だからです。

商店街の店の店主のほとんどは、自分の店が自分の「なわばり」を主張しやすい店であることに気づきませんでした。

また、気づいた店主たちのほとんども、「なわばり」を解除するために、「店舗構造」と「接客方法」を改善することができませんでした。

商店街の店から遠ざかって行ったお客様が選んだ店は、商店街の店に比べてはるかに「なわばり」が解除された店だったのです。

このことを知ることによって、今もっとも新しい「駅ナカ・駅ソト」ショップに、売れる店と売れない店が生じる要因を的確に知ることができるのです。

それでは、かつての商店街の「スポーツ用品店」(20回シリーズの19回目)の衰退についてご説明してまいります。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)

(1)もともとそれほど元気が感じられなかったスポーツ店(1988年当時)

………これはスポーツ用具とスポーツウェアを販売している店で、構造は「店員空間のない、引き込み・回遊型店」です。

Photo

バレーボールやサッカーなど学校教育で行われるスポーツを中心に、一通りの商品を売っています。………

P180

(2)ひやかし安全信号に乏しい倉庫のような店(1988年当時)

………けれども場所に限りがあるので、当然、それぞれの種類や色、柄、サイズ違いなどは注文することになり、その場で買いたい客を失ってしまうのです。

この店はスポーツ店とはいっても、ゴルフ専門店やテニス専門店のような華やかさがありません。

様々な種類のスポーツ用品を少しずつ集めた店内は、雑然としてひやかし安全信号に乏しく、まるで倉庫の中を見るようです。………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


商店街のほとんどすべての店の奥や二階は、店主や家族の住居であり、毎日店頭に立つのも、店主かその家族でした。

当初は、そのことが商店街として一致団結したり地元住民に親しまれたりするのに役立ち、店の経営を安定させてきたことも事実ですが、同時に、非常に濃密な人間関係を背景とした商売をしなければならないということにつながっていたのです。

この濃密な人間関係を背景とした商売が、将来、希薄な人間関係を背景とした店によって取って代わられてしまうということを、誰も想像していませんでした。

全国各地の商店街が滅んでしまった現在ですら、商店街が滅んだ致命的な要因は、「店に住み込んだ店主が、接客をする店」であったからだと説明する関係者がほとんど見当たりません。

残念なことに、現在の「駅ナカ・駅ソト」ショップが人気な理由さえも、現代人にとって「駅に近くて便利だから」的な分析に終始しているのです。

本当は、

私たちは、「見知らぬ客」となって、より「なわばり」が解除されたリアルショップで、「見知らぬ店員」と短いコミュニケーションを交わすことによって、「元気になる」ことを望んでいます。

だからこそ、現代社会において、それらが実現できる「駅ナカ・駅ソト」ショップに魅かれているのです…。

『「茶市の風に吹かれると風邪をひかん」(長崎県・早岐・はいき)』

※長崎県の早岐に「茶市」という市が立ちます。茶市の風に吹かれると風邪をひかないといわれています。おそらく、その市には元気の源があるのでしょう…。


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9.(9)貯蔵庫になった酒販店(1988年当時のさびれゆく小売店)

10.(10)古い体質が苦しい精米店(1988年当時のさびれゆく小売店)

11.(11)自由に選べない精肉店(1988年当時のさびれゆく小売店)

12.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

13.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

14.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)

15.(15)思い出に埋もれた玩具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

16.(16)あかりの消えた電器店(1988年当時のさびれゆく小売店)

17.(17)過ぎた日々を写す写真店(1988年当時のさびれゆく小売店)

18.(18)在庫も眠る寝具店(1988年当時のさびれゆく小売店)


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2016年5月 5日 (木)

51.(18)在庫も眠る寝具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

現在では、ネットショップを利用すれば、早ければその日の内に、遅くとも明日か明後日には商品が届けられるのですが、それでも人はリアルショップで商品を購入します。

そして、そのリアルショップにも好みがあって、最近では大勢の見知らぬ人がスピーディーに行き交う場所にある「店」で買い物をすることを望んでいます。

だから「駅ナカ・駅ソト」などのことばが生まれたのです。

なぜ多くの人が、百貨店やショッピングセンターよりも、「駅ナカ・駅ソト」ショップに魅かれるのでしょうか?

そのことを知るために、かつては大勢の人で賑わった商店街の店が、なぜ衰退していったのかということを、「人の動き」という観点から再確認しようとしています。

さて、今日は、かつて、全国の商店街には、地域に密着した店として必ず存在していた「寝具店」(20回シリーズの17回目)の衰退についてご説明してまいります。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


(1)在庫商品で、回遊通路がなくなった店(1988年当時)

………いつの間にか古い商品が山積みになって、気がついたら身動きの取れないような店になっていた。

これが売れない寝具店の典型的なパターンです。

この店もかつては「店員空間のない引き込み・回遊型店」でしたが、今では店内の回遊通路は在庫商品でふさがれ、「店員空間の狭い引き込み型店」のような形に変形してしまっています。………

P179

(2)倉庫のような店内には見るだけの客は入れない(1988年当時)

Photo

※店員空間のない、引き込み・回遊型店

Photo_2

※店員空間が狭い引き込み型店


………店内には店員の姿もなく、まるで倉庫のようにひっそりとしています。

必要に迫られた目的型客がやってくると、やっと奥から店員が出て来て接客を始めるのです。

ふとんの訪問販売やイベント販売の登場がふとん店に打撃を与えていることも事実ですが、ふとん店の構造にも欠陥があるのです。………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)

全国各地の商店街に陰りが見え始めると共に、商店街の「寝具店」からも徐々に客足が遠のき始めました。

「寝具店」も他の店と同じように、量販店や大型家具店にお客様を奪われていったのです。

ところが、量販店や大型家具店では、寝具のきめ細かい説明を伴った接客が行われていなかったために、商店街の空き店舗や貸し会議室で、特に高齢者を対象にした「健康食品○○即売会」などのイベント販売が行われ、高額な食品や羽毛布団を懇切丁寧に説明しながら販売する業者が次々と登場してきました。

商店街の店の濃密な接客を避けて、セルサービス方式を採用した量販店や大型店に移動していったお客様は、一方でまた、きちんとした案内や説明を受ける接客を望んでもいたのです。

そこにつけ込んで、高額な羽毛布団を売りつける悪徳業者がいくつも横行した時代がありました。

当時、馴染みの商店街の店の「常連接客」から解放されたいと強く望んだ結果、高齢者に限らず多くのお客様が、見知らぬ店員からの丁寧な接客という魅力に惹かれて、ついついだまされるというリスクを受け入れてしまったのです…。


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7.(7)守り続ける宝石・貴金属店(1988年当時のさびれゆく小売店)

8.(8)セルフで買えない文房具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

9.(9)貯蔵庫になった酒販店(1988年当時のさびれゆく小売店)

10.(10)古い体質が苦しい精米店(1988年当時のさびれゆく小売店)

11.(11)自由に選べない精肉店(1988年当時のさびれゆく小売店)

12.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

13.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

14.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)

15.(15)思い出に埋もれた玩具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

16.(16)あかりの消えた電器店(1988年当時のさびれゆく小売店)

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2016年5月 3日 (火)

50.(17)過ぎた日々を写す写真店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

「駅ナカ・駅ソト」に次々と新しいリアルショップが登場し、多くのお客様を引きつけています。

なぜ今、「駅ナカ・駅ソト」ショップにお客様が引きつけられるのかを知るために、敢えて約30年前(1988年当時)の商店街の店を、「人の動き」という観点から分析してご説明しています。

さて、1986年に、富士フィルムの、世界初のレンズ付きフィルム「写ルンです」が登場して、ちょうど30周年を迎えています。

「いつでもどこでも誰にでも手軽に写真が撮れる」を開発コンセプトにした「写ルンです」タイプの商品が、「写真店」の店頭を賑わしていた頃は、全国各地の商店街はまだ少し元気が残っていました。

商店街の「写真店」は、当時はまだカメラが高級品だった時代に、誰にでも非常に簡単に使用できる簡易な「カメラ」の登場で多くのお客様を引きつけていましたが、やがて、商店街全体が、スーパーやコンビニや大型店などの強力な競合店の進出によって衰退を見せ始めると共に、従来までのお客様を失っていきました。

それでは、かつての商店街の「写真店」(20回シリーズの17回目)の衰退についてご説明してまいります。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)



(1)カメラが売れなくなった写真店(1988年当時)

………この店は、店内に小さなスタジオを持っている「店員空間の狭い引き込み型店」のカメラ店です。

撮影やDPEも行っていますが、店内ではカメラも売っているのです。

ところが現在ではカメラを買っていく客はめったにいません。………




P178

(2)店内には店員の姿も見られなくなった店(1988年当時)

………かつては、専門家であるこの店の店員の説明をじっくり聞いて商品を選んでいた客たちが、今では自由に商品が選べる大型ディスカウントショップに移ってしまったのです。

カメラそのもののポジショニングが変わるのにともなって、カメラの売り方も変わらなければならなかったのですが、面積の小さいこの店では転換のしようがありませんでした。

はいりにくいこの店は今、危機に直面しています。………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


拙著「正編・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞出版社は、富士フィルムの「写ルンです」が新登場した1986年の同じ年に出版いたしました。

そして、その当時、全国各地の商店街の店主の皆様に、商店街という商業集積が直面している問題点をご報告しました。

それは、全国各地の多くのお客様が、商店街の「常連接客」を行う店から、「一見接客」を行う新しい店(スーパー、コンビニ、ディスカウントショップ、大型店等々)に、どんどん移動し始めていることのご報告でした。

馴染みのお客様が、馴染みの店主から接客(コミュニケーション)されることを避けて、敢えて遠くの「一見接客」を行う店を選択し始めたのです。

残念ながら、当時の商店街の多くの店主たちは、身近にあって便利な地元の店を避けるお客様の心理を、直ぐには受け入れることができませんでした…。



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11.(11)自由に選べない精肉店(1988年当時のさびれゆく小売店)

12.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

13.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

14.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)

15.(15)思い出に埋もれた玩具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

16.(16)あかりの消えた電器店(1988年当時のさびれゆく小売店)



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2016年5月 1日 (日)

49.(16)あかりの消えた電器店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

近年、私たちの身近にある家電量販店の業界においては、1996年まで首位を占めていたベスト電器がヤマダ電機の、また2001年まで首位だったコジマがビックカメラの、それぞれ連結子会社になっていくなど、業界内での激しい浮き沈みが繰り返されてきました。

それだけに、家電量販店の進出によって、あっという間に客を奪われてしまった商店街の「電器店」の存在については、ほとんど忘れ去られてしまいました。

かつては、商店街の勢いを独り占めしているかのような存在であった「電器店」は、戦後の日本の著しい経済の発展を背景に、商店街の中では常に代表的な繁盛店だったのです。

ところが、家電量販店の登場とともに、商店街の「電器店」は衰退の一途をたどりました。

「電器店」の灯りが、商店街の灯りと共に次第に暗くなっていった原因は、家電量販店のいったいどのような要素に関係していたのでしょうか?

家電量販店の大きな駐車場や大量陳列や特別価格に、負けたのでしょうか?

「商店街の電器店」VS「家電量販店」の関係を知ることは、「現在の商業集積」VS「駅ナカ・駅ソト」ショップの関係を理解することにつながります。

それでは、かつての商店街の「電器店」(20回シリーズの16回目)の衰退についてご説明してまいります。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


(1)店がどんどん暗くなっていった電器店(1988年当時)

………かつては華やかな存在であった電器店も、次第にさびれた状態になってしまいました。

人気商品だった洗濯機や冷蔵庫は店の奥にひっそりと並べられ、テレビさえも店の奥にどんどん姿をかくそうとしています。

来店客数が少ないので、店の構造はどんどん閉じたタイプの「店員空間のない、引き込み・回遊型店」になっているのです。………

P177

Photo※「店員空間のない、引き込み・回遊型店」

(2)店内には店員の姿も見られなくなった店(1988年当時

………店内の商品も古びてひやかし安全信号が出ず、ただ雑然と商品を並べただけの回遊通路は不完全なので、めったに客がやってきません。

そのため店員はたいてい奥の住居にひっこんでいるので、店内には人影もなく営業しているのかどうかさえよくわかりません。

数少ない固定客相手の商売では今にも灯が消えそうです。………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


約30年前(1988年当時)の「商店街の電器店」は、近くに登場してきた「家電量販店」の
いったい何に後れを取ったのでしょうか?

(1)広い駐車場
(2)広い売り場
(3)大量陳列
(4)特価セール

これらに対して「商店街の電器店」は確かになかなか太刀打ちできませんでしたが、実は「家電量販店」は、それ以上にもっと強力な武器を持っていたのです。それは、

(1)見知らぬ店員が接客対応すること
(2)様々なメーカーの商品を、自由に見比べられること

「商店街の電器店」は、以上の二点のお客様のニーズにだけは、どうしても応えることができませんでした。

残念ながら、すでに当時のお客様は、洗濯機や掃除機やTVを新しく買い替える場合は、「見知らぬ客」として「見知らぬ店員」から購入したいという、強い希望を持っていたのです。

なぜなら、お客様は、近所の「顔馴染みの店主」から購入するよりも、「見知らぬ店員」から購入する方が、自分の好きな商品を、安く、そしてしかも気軽に購入することができることに気がついたからです。

当時は、多くのお客様が、「店」における「店員」と「客」という特別な人間関係だけではなく、従来からの馴染み同士の貸し借り関係よりも、見知らぬ者同士の精算関係を基本にした人間関係の方が、はるかに自由で有利であることに気づき始めた時代ともいえるのです…。


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4.(4)過去を売り続ける衣料品店(1988年当時のさびれゆく小売店)

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8.(8)セルフで買えない文房具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

9.(9)貯蔵庫になった酒販店(1988年当時のさびれゆく小売店)

10.(10)古い体質が苦しい精米店(1988年当時のさびれゆく小売店)

11.(11)自由に選べない精肉店(1988年当時のさびれゆく小売店)

12.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

13.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

14.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)

15.(15)思い出に埋もれた玩具店(1988年当時のさびれゆく小売店)


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2016年4月29日 (金)

48.(15)思い出に埋もれた玩具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

近年、なぜ多くのお客様が、駅や空港ターミナルの「駅ナカ・駅ソト」ショップに引きつけられるのかを知るために、敢えて約30年前(1988年当時)の商店街の店を「人の動き」という観点から、分析してご説明しています。

当時の子供たちにとって、商店街の店で興味がある店は、当然、「本屋さん」と「おもちゃ屋さん」でした。

学校帰りや塾帰りなどに、店主から注意を受けるまで粘って、本屋さんでマンガを立ち読みしたり、おもちゃ屋さんでおもちゃを眺めたりすることが、ひと時の楽しみだったからです。

そして、買わずにひやかすだけの子供たちにとって、立ち読みしやすい本屋さんや、試して遊べるおもちゃ屋さんがどこにあるかということが、重要な情報となっていたのです。

ところで、商店街の店が、子供にとっても大人にとっても「ひやかしにくい店」だと思われた要因は、

(1)お客様から注文を受ける前から接客を開始する「常連接客」の店
(2)「店員空間のない、引き込み・回遊型店」が中心の店
(3)常に馴染みの店主が接客をする店

すなわち、「なわばり」を主張する店員のアクションが生じやすい店だったからなのです。

現在人気の「駅ナカ・駅ソト」ショップにおいても、売れる店と売れない店は生じていますが、その一番の要因もやはり店員の「なわばり」です。

すなわち、店員が「なわばり」を主張するアクションをしている店か、あるいは「なわばり」を解除するアクションをしている店かによって、「入りやすさ」が左右されているのです。

さて、今日は、全国各地の商店街の店として、必ず存在していた「玩具店」(20回シリーズの15回目)についてです。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


(1)店頭は意外と地味な玩具店(1988年当時)

………おもちゃさんの看板は独特でおもしろいものが多いのですが、店そのものはあまり目立ちません。

商品の劣化を恐れて、人気商品は店の奥の方に大切にしまわれているからです。

店頭に出ているのは劣化の心配の少ない幼児向きの砂あそびセットやバトミントンセットばかりなので、最近の子供たちをひきつけるのは困難です。(1988年当時)………

P176

(2)子供が自由にひやかせる店内は提供されていなかった(1988年当時)

………大抵の店は「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」ですが、店員が厳しく見張っているので自由に商品をひやかすことはできません。

店が小さいので店員のなわばり主張が強く、商品量も少なく、流行遅れのおもちゃがほとんどで、結局子供たちはデパートやスーパーに行ってしまうのです。………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


約30年前の1988年当時は、1970年代に登場してきたコンビエンスストアが、急激に全国各地に普及していき、商店街の近くにも登場し始めてきた頃でした。

朝早い、あるいは、夜遅いサラリーマンなどの一部の人たちに利用されていたコンビニを、先んじて「はいりやすく買いやすい店」だと直感したのは、意外にも子供達でした。

親から頼まれた買い物を、わざわざ遠く離れたコンビニエンスストアまで歩いて買いに行った子供たちは、子供一人でも気軽にはいれて、何もしゃべらなくても買い物ができる店が「コンビニ」なのだということをよく知っていたのです。

意外にもコンビニは、最初に感度の良い子供たちが受け入れ、それに若者が続き、やがては老若男女に受け入れれられる店となっていったという一面も持っているのです。

したがって、全国各地の商店街の店は、「見知らぬ店員」の登場によって、馴染みの客を奪われていったのだとも言えるのです…。


【関連記事】

1.(1)子供が去って行った菓子店(1988年当時のさびれゆく小売店)

2.(2)味が伝わらない和菓子店(1988年当時のさびれゆく小売店)

3.(3)限られた人だけのブティック(1988年当時のさびれゆく小売店)

4.(4)過去を売り続ける衣料品店(1988年当時のさびれゆく小売店)

5.(5)流行を捨てた靴店(1988年当時のさびれゆく小売店)

6.(6)若者に人気のないカバン店(1988年当時のさびれゆく小売店)

7.(7)守り続ける宝石・貴金属店(1988年当時のさびれゆく小売店)

8.セルフで買えない文房具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

9.(9)貯蔵庫になった酒販店(1988年当時のさびれゆく小売店)

10.(10)古い体質が苦しい精米店(1988年当時のさびれゆく小売店)

11.(11)自由に選べない精肉店(1988年当時のさびれゆく小売店)

12.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

13.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

14.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)


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2016年4月26日 (火)

 47.(14)病人もはりにくい薬局・薬店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

さて、今日は、約30年前の1988年当時の商店街シリーズ(14回目)の「薬局・薬店」についてご説明いたします。

当時の商店街の薬局・薬店は、はいりにくい店としてはトップクラスでした。

なぜならば、商品を買う気がなければ店に入り難かったことと、何かと店主と相談をしなければ、商品を購入することができなかったからです。

顔馴染みの店主に、いろいろと相談を持ち掛けて、良好な人間関係を結びながら、商品を購入することができるのは、ごくごく一部のお客様だけで、大部分のお客様は大きなストレスを感じながら購入していたのです。

近い将来、薬局・薬店で販売している商品を、店主と会話をすることなく自由に購入できる店(セルフサービス方式の店)が身近にたくさん登場してくることなどは、まだまだ想像することができない時代でした。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


(1)商店街の薬局・薬店は買うことが決まっていてもはいり難かった(1988年当時)

……よっぽどのことがないとなかなかはいる気になれないのが、イラストのような薬局や漢方の店です。

どちらも「店員空間の狭い引き込み型店」と「店員空間のない、引き込み・回遊型店」の折衷型店舗です。

そして、セルフサービス方式を採用した店ではないために、客が店内にはいるやいなや、白衣を着た中年の男性が現れて接客を開始します。


Photo_19        Photo_20

※店員空間の狭い、引き込み型店     ※店員空間のない、引き込み・回遊型店


どちらもいろいろと客の話を聞いて薬をすすめてくれるので良心的な感じもするのですが、病気でなければ立ち寄りたくない、なわばり主張の強い店です。(1988年当時)………

P175

(2)ほとんどの店主は、客がはいりやすい薬局・薬店を希望していることに気づかなかった(1988年当時)


Photo_21※店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店


………そのため特に上のようなタイプの店は、近くに薬品や化粧品や雑貨などを大量に陳列した「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」の大型店が登場すると、大きな打撃をこうむります。

薬局も漢方もはいりやすいことが大切なのです。(1988年当時)………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


当時、都心に、セルフサービス方式の薬局・薬店が登場してきたという情報は、あっという間にひろがっていきました。

長い間、商店街の薬局・薬店で大きなストレスを感じながら購入していた商品を気軽に購入できる時代がきたのです。

当時、お客様は店主に知られたくないと思う商品の場合は、遠く離れた町の薬局・薬店で購入し、風邪薬や栄養剤など知られても嫌ではない商品だけを近くの薬局・薬店で購入していましたが、多くのお客様が抱えていたこのような悩みは、一気に解決されたのです。

確かに、薬局・薬店という商品だけは、いかにも顔馴染みの店主からは購入しにくいものだと思われがちですが、本当はどんな商品であっても、実は顔馴染みの店主からは購入したくないものなのです。

見知らぬ土地で、見知らぬ店員から、見知らぬ客となって「買い物がしたい!」というのがすべてのお客様の本音なのです…。


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2016年4月23日 (土)

46.(13)接客が気づまりな青果店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

かつての商店街の店と、商店街の最大の競合店として登場してきたスーパーマーケットの一番の違いは、「接客方法」です。

商店街の店の接客が、お客様から注文を受ける前から接客を開始する「常連接客」であったのに対して、スーパーマーケットの接客は、お客様から注文を受けた後から接客を開始する「一見接客」でした。

つまり、スーパーマーケットの登場は、店員の存在を全く気にすることなく、自由に商品を選んで買い物ができるセルフサービス方式を採用した店の登場だったのです。

このようなセルフサービス方式のスーパーマーケットの店が次第に普及して行った頃には、ほとんどのお客様は、自分が店で店員の存在が非常に気になるように、他のお客様もまた同じように店員の存在が非常に気になっているとは思えませんでした。

大抵のお客様は、自分の神経質な性格が原因で、店員を気にしているのだと思い込んでいたのです。

さて、今日は、約30年前の1988年当時の商店街の「青果店」についてご説明いたします。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


(1)商店街全盛時代には、店主と客は濃密な人間関係でした(1988年当時)

………町の八百屋さんの典型的な構造は、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」です。

Photo※「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」

店員は常に店頭に出ていて、客が来ればあれこれ相手をしながら、商品を選んだり、計ったり、包んだり、つり銭を渡したりといったような昔ながらの売り方を展開します。

店員とのやりとりを楽しみにしている客もたくさんいました。(1988年当時)………

P174

(2)スーパーのセルフサービス方式の魅力には、勝てませんでした(1988年当時)

……ところがスーパーの登場は野菜や果物の全く新しい売り方を提案してきました。

Photo_2※「店員空間のある、引き込み・回遊型店」



ひとりでも気軽に好きなだけ商品をひやかすことができ、途中で思い直して商品を取りかえることさえできるセルフ方式は、やはり多くの客の心をとらえました。

町の八百屋さんは今ではひやかしにくい店なのです。(1988年当時)………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


ここでご紹介した「青果店(八百屋)」は、1988年当時の日本の商店街に存在していた典型的な「青果店」です。

そこからさらに約35年さかのぼった1953年(昭和28年)に、日本で初めての食品スーパー「青山紀ノ国屋」が東京北青山に登場しました。

この店が日本で初めてセルフサービス方式を採用した食品スーパーマーケットです。

当初は、在日アメリカ人を対象に、「客が商品を選んでレジまで運ぶことで効率をアップする」のがねらいで、アメリカのセルフサービス方式が取り入れられたのです。

しかし、その後しばらくして、日本では全く違う解釈で、セルフサービス方式の食品スーパーが全国各地に普及していきました。

当時の人たちは、「買わないで見るだけでも許される店の登場」として、セルフサービス方式の食品スーパーを受け入れたのです。

セルフサービス方式の店で、客は初めて、自由に見たり選んだり触ったりしても、気に入らなければ買わなくてもよいという、従来までの店では許されなかった自由なアクションを獲得することになりました。

こうして、スーパーマーケットが全国に普及して初めて、多くのお客様が、従来の商店街の店では、自分だけではなく他のお客様も、店員の存在を気にしながら買い物をしていたのだということに気がつくこととなったのです…。


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2016年4月21日 (木)

45.(12)ない魚は売れない鮮魚店(1988年当時のさびれゆく小売店)

こんにちは。

商店街はなぜ衰退していったのか?について答えることは、現在の人気の商業集積を理解し、売れる店づくりのためには、この上ない参考となります。

今人気の駅ナカ・駅ソトショップをさかのぼってゆけば、必ず商店街の店にたどり着きます。

店が発生し、時代とともに様々に構造や売り方を変えて、一時期、「商店街の店」という構造と売り方をしていた店が消滅していき、やがてネットショップが急激に普及していくとともに、従来の店とは全く異なる場所に登場してきたリアルショップ(店)が「駅ナカ・駅ソトショップ」です。

なぜ店は、商店街を抜け出して駅ナカ・駅ソトに登場してきたのでしょうか?

いったいどのような役割を担って登場してきたのでしょうか?

そのことを知るために、少しだけ遠回りをして、確かに約30年前は存在して大勢のお客様で賑わった商店街の店を「人の動き」という観点から振り返ってみましょう。

さて、今日は、約30年前の1988年当時の商店街には必ずあった「鮮魚店」についてご説明いたします。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)

(1)商品空間のパワーが時間の経過とともに低下することがこの店の欠点(1988年当時)

………鮮度が命の鮮魚店では、売り切れじまいが常識になっています。(1988年当時)

上段のイラストのように魚をじかに店頭に並べているタイプの「店員空間が狭い接触型店」では、商品量の多い店開きの時商品空間のパワーが最も強いのですが商品が売れていくにつれてパワーが低下してしまいます。

いくら通行量が多くても、商品がなければ売れません。………

P173

(2)商品管理を優先し過ぎると、ひやかし安全信号が少なくなる(1988年当時)

………商品パワーを維持するために下段のように大型冷凍ケースに入れて販売すると、こんどは先ほどの陳列よりも商品空間の魅力が落ちてしまうのです。

大量陳列、大量販売の可能なスーパーマーケットがひやかし安全信号の強い商品空間を
提供したため、町の鮮魚店は苦しい状況です。(1988年当時)………

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


家族経営が基本の商店街の店の場合、鮮魚店も当然店舗規模が限定されています。

その限られた規模の店で新鮮な魚を販売するには、できるだけ早い時間に完売するような商品量にならざるを得ないために、閉店間際まで大量の魚を新鮮に保って販売することはできません。

それを解決しようとして、商品の鮮度を保つために冷凍・冷蔵ケースを使った販売方法にすると、「なわばり」主張が強くなり、ひやかし安全信号が少ない商品空間となってしまいます。

それでも、毎日店頭に並ぶ新鮮な商品が、長年、商店街の鮮魚店を魅力的な空間にしてきたのです。

しかし、一方で、毎日買い物をするお客様と店の店主は、濃密な人間関係にならざるを得なかったために、お客様にとって鮮魚店での買い物は、内心、ストレスのかかるものでもあったのです。

そのため、「セルフサービス方式」と「見知らぬ店員」と「閉店間際まで大量の商品が並ぶ商品空間」を併せ持つスーパーマーケットの登場は、商店街の鮮魚店にとっては非常に強力なライバルとなっていきました。

ほとんどのお客様は、毎日入荷する新鮮な商品を望むように、毎日見知らぬ店員のいる店で買い物がしたいのです。

残念ながら、商店街の鮮魚店は、そもそも営業を開始した時から、「見知らぬ店員」だけはどうしても提供することができないサービスだったのです…。


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4.(4)過去を売り続ける衣料品店(1988年当時のさびれゆく小売店)

5.(5)流行を捨てた靴店(1988年当時のさびれゆく小売店)

6.(6)若者に人気のないカバン店(1988年当時のさびれゆく小売店)

7.(7)守り続ける宝石・貴金属店(1988年当時のさびれゆく小売店)

8.セルフで買えない文房具店(1988年当時のさびれゆく小売店)

9.(9)貯蔵庫になった酒販店(1988年当時のさびれゆく小売店)

10.(10)古い体質が苦しい精米店(1988年当時のさびれゆく小売店)

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2016年4月18日 (月)

「戸板一枚の店」がよみがえった、「移動空間(道)」の店には、「サクラパワー」現象が繰り返される。

こんにちは。

JR新宿駅のルミネ1(南口)、ルミネ2(南口)、ルミネエスト(東口)、ニュウマン(ミライナタワー)、ニュウマンEKINAKA&EKISOTO(新宿南エリア)などの「駅ナカ」「駅ソト」ショップは、「店」本来の性質(戸板一枚の店)を蘇らせて、お客様を引きつけたり遠ざけたりしています。

さて、今日は「店」が店員の「なわばり」であることから生じる「サクラパワー現象」についてご説明します。

店頭の商品空間のそばに何人かの客が立ち止まったり、店内の客空間を何人かの客が回遊することによって、直ぐには接客されない状況、すなわち客にとって安全な状況が生まれると、次々と客が商品に近づいたり回遊したりする現象が生じます。

つまり、先客の姿が次の客を引きつける力(サクラパワー)となって、次々と何人かの客を引きつける「サクラパワー現象」を生じさせるのです。

●ルミネエスト(新宿駅東口)での「サクラパワー」現象の観察

(1)誰もいない店頭

Photo_12

この店は、「店員空間のない、接触・引き込み・回遊型店」です。

通路に接した中央の「商品空間」(約戸板一枚のスペース)は、店の中で一番「なわばり」が解除された「商品空間」です。

しかし、店員が直ぐ近くにじっと立ってお客様を待ち構えていると、店員の「なわばり」主張のアクションつまり、お客様を遠ざける店員のアクションとなってしまいます。

現在は、店員の姿もないために、ひやかし客も近づきやすい状況となています。


(2)一人目の客が近づいて来た様子

Photo_13

一人目のお客様が店頭の商品を見たり触れたり試したりすることによって、店頭の「なわばり」は解除され、次のお客様にとっては、より近づきやすい状態となります。

つまり、一人目のお客様は、二人目のお客様を引きつける力(サクラパワー)を発揮することになるのです。


(3)左端の一人目の客に、他の客が引きつけられた様子

Photo_14

一人目のお客様の姿によって、数人のお客様が店頭に引きつけられた状況は、買う気があるなしに関係なく、通路を行き交う通行客にとって、大変近づきやすく入りやすい店となります。


つまり、一人のお客様の姿が、三人のお客様を引きつけ、四人になった客の姿は、強力な「サクラパワー」を発揮して、通行客を次々と引きつけてゆきます。

「なわばり」が解除された「商品空間」だからこそ、通行客を引きつけるのです。

●ニュウマン(ミライナタワー)での「サクラパワー現象」の観察

(1)一人も客がいない様子

Photo_15

店は店員の「なわばり」なので、店員がじっと立ってお客様を待ち構えると、、店員の「なわばり」主張のアクションつまり、お客様を遠ざける店員のアクションとなって、ひやかし客が近づきにくい状態となります。

(2)右から二人目の購入客に引きつけられた客の様子

Photo_16

右から二人目の購入中のお客様の姿によって、次々とひやかし客が引きつけられた様子です。

ひやかし客は、直ぐに立ち去ったり、あるいは購入することになったりしますが、その様子が、また次のひやかし客を引きつける「サクラパワー」を発揮するのです。

そして、次々と通行客を引きつけ、しばらくは店頭のお客様が途絶えない「サクラパワー現象」が生じるのです。

移動空間(駅ソト・駅ナカ)に生まれた「店」は、見知らぬ店員と見知らぬ客が、「店」本来の性質(戸板一枚の店)を背景にしてコミュニケーションを交わす現場となっているのです。


【関連記事】

1.見知らぬ客を対象に、接客をしなかった「戸板一枚の店」

2.JR新宿駅新南口に大型商業施設「ニュウマン」が第一期オープン

3.駅ソト「ニュウマン」は「道」のある商業集積か?(東京・JR新宿駅新南口)

4.新宿駅南口に「バスタ新宿」がオープン。人の流れが一気に変わりそう。

5.東京・JR新宿駅・新南口の駅ソト「ニューマン」を構成する店舗構造は「道」にふさわしいか?

6.JR新宿駅・新南口の駅ソト「ニュウマン」の通路(道)が、移動空間の「道」としてはなぜ弱いか?

7.今もっとも注目されている、JR新宿駅の四つの「駅ソトショップ」の「移動空間(道)」の違い。

8.新宿ニュウマン「エキナカ」&「エキソト」がオープン!


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