1.お客様が上手(うわて)で店員が下手(したて)という価値観の背景

現代の日本には、お客様を「上手・うわて」にして、店員は「下手・したて」にしなければならないという暗黙のルールがあります。

「店員はお客様によくするのがあたりまえ」という考え方は多くの日本人に受け入れられており、店員の態度が悪いことは、客にとっては大きなクレームの対象になっています。
このような考え方は日本に古くからあったと考えがちですが、確立したのはごく最近のことだと考えられます。


●お客様が「上手・うわて」、店員が「下手・したて」に出る接客の背景

店の起源である「市の店」は、多くの見知らぬ客が通る道に商品を並べ、その後ろに店員が座るという、非常に簡単な構造をしていました。

基本的な店の広さは、幅180センチ、奥行き90センチの戸板サイズ、つまり「戸板一枚の店」だったのです。

この「戸板一枚の店」は、人間のなわばり感覚を鋭く反映しており、売り手と買い手のなわばり主張となわばり解除が程よく行われ、店としての本質的な魅力を持っていました。

ところが、時代とともに、店は地元に定着し、店主とその家族が売り手となった商店街が形成されていきました。

このような商店街においては、店は完全に店員のなわばりになり、対象は近所のなじみ客となりました。

そのため、当時の客は、店員と親しくなければ商品を買うことができず、また、商品を買う気がなければ、店の中に入ることすらできませんでした。

戦後の復興から1950年代を中心とした商店街時代には、まだ店の数も少なく、店員が客より下手に出るのは当然と考えられていたわけではありませんでした。

むしろ、少しでも有利な買い物をするために、客の方が店主の機嫌を損ねないように気を使っていたとも考えられます。

やがて経済が急激に成長するにつれて、全国に大型店が進出し、店は再び多くの見知らぬ客を対象とするようになりました。

このように、店が大型化しセルフ化するにつれて、それまで埋め込まれていた店における「なわばり感覚」が、再度、蘇ることになりました。

同時に経済競争が激化し、それぞれの店が「お客様」を引き付けるために激しい競争をするようになったのです。

そこで生まれてきたのが、お客様を「上手・うわて」に、店員を「下手・したて」にする接客方法ですが、これこそ、店員のなわばりを解除して、お客様に感じのいい接客を提供するための工夫にほかなりません。

なわばり感覚に優れた日本人が、お客様が店で気持ち良く過ごせるようにと編み出した工夫が、「なわばり主張=上手(うわて)に出る接客」をやめて、「なわばり解除=下手(したて)に出る接客」を行うことだったのです。


●お客様が神様になった背景

ところで、「お客様は神様です」という言葉は、1964年に開催された東京オリンピックのテーマソングを歌った人気歌手・三波春夫さんが話したことがきっかけとなって、流行し、現代でも使われています。

しかし、1960年代といえば、まだまだスーパーマーケットが登場したばかりのころで、実際には、当時の店にやって来る客は、まだまだ「神様」ではありませんでした。
やがて、1970年代にコンビニエンスストアが、1980年代に大型専門店やショッピングセンターが登場するにつれて、店員は「社員・パート・アルバイト」となり、見知らぬ大勢の客を対象にした接客が行われるようになりました。

このような急速なサービス産業の発展と就業者の急増を背景に、客は次第に、店に繁盛や衰退をもたらす数の力を持った神のような存在、すなわち、「お客様」という神様になったのです。


「人の動き」という観点から見ると、接客などほとんどしないと思われがちなコンビニやコーヒーショップの普及が、客を「神様」にしたのです。