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2018年6月22日 (金)

47.商店街はなぜさびれたのか?⑨「古い体質が苦しい精米店」(1988年当時)

こんにちは。

かつて商店街の精米店で米を買う時には、1942年4月から1981年6月まで存在し、健康保険証や年金手帳や運転免許証に取って代わられるまでは、身分証明書としての役割を果たしていた「米穀配給通帳・べいこくはいきゅうつうちょう」の提示が必要でした。

このような免許制度に守られた精米店は、前回の酒販店同様に、「必ず客が商品を買いに来る」という背景のもとに、少しでも多くの客を引きつけるための店舗構造や販売方法の改善が最も遅れた店となりました。

一方、客は、スーパーマーケットの進出や法改正によって、好きな店で好みの銘柄を選んで米を購入することができるようになったのです。

今回は、商店街の衰退の中で、かつては免許制度によって守られてきた精米店が、周囲の店から後れを取っていった様子をご紹介しています。

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47.商店街はなぜさびれたのか?⑨「古い体質が苦しい精米店」(1988年当時)

次のイラストは、1988年当時に各地の商店街で見られた精米店の様子です。

この店の店舗構造は、「店員空間の狭い引き込み型店」です。

かつては限られた近くの精米店でしか米を購入することができなかったために、客にとっては選択肢のない店として利用されていました。

店でじっとして待ち構えているだけで、客が定期的にやって来てくれる精米店は、客にとって少しでも居心地の良い店に改善しようとする気持ちにはなかなかなれず、店主の裁量に任されたまま延々と営業が続けられてきました。 

P171


Photo_2

※店員空間の狭い、引き込み型店

当時の大抵の精米店は、店内に商品が山積みにされていて、店の奥に精米機が設置してありました。

したがって、この店は「店員空間の広い、引き込み型店」に分類することもできますが、店主が出て来て接客をする店員空間が狭い店がほとんどだったことから、ここでは「店員空間の狭い、引き込み型店」に分類しました。

法改正によって、スーパーや大型店で気軽に米が買えるようになるにつれて、一部のこだわりのある客を除いては、精米店そのものの存在すら忘れられて行きました。

かつては、必要不可欠な商品を販売していた店でありながら、衰退を余儀なくされた商店街の中でも、とりわけ元気を感じさせない店へと変化していったのです。

(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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