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2018年6月 8日 (金)

41.商店街はなぜさびれたのか?③「限られた人だけのブティック」(1988年当時)

こんにちは。

どんな店でも、そこで働く店員のアクションには、客を遠ざけるアクションと客を引きつけるアクションがあります。

衰退を余儀なくされた商店街のほとんどの店では、「客を遠ざける店員のアクション」を少しも改善してきませんでした。

①店頭や店内で、じっと立って(あるいは座って)客を待つ

②すぐに「いらっしゃいませ!」を言う

この二つの店員のアクションは、「なわばり」を主張して客を遠ざけるアクションです。

商店街のほとんど店は、この二つの店員のアクションが生じやすい店舗構造をしていたために、店員は常にこの二つのアクションをできるだけしないように意識をする必要がありましたが、残念ながらなかなか改善することはできませんでした。

その結果、店員(店主)が客を遠ざけるアクションをし続けた商店街の店から、次第に客足は遠のいて行きました。

今回ご紹介する店などにおいては、「なわばり」を解除する高度な接客技術を持った女性店主がたくさん存在していましたが、さびれゆく商店街での孤軍奮闘にはやはり限界があったのです。

そんな商店街の店を一店ご紹介します。


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41.商店街はなぜさびれたのか?③「限られた人だけのブティック」(1988年当時)

次のイラストは、1988年当時の各地の商店街でよく見られたブティック(ファッション店)の外観の様子です。

外観の様子から、この店の店舗構造は、「店員空間のない、引き込み・回遊型店」であることが分かります。

規模が小さいこの店の店内には、客が商品を眺めたり検討したりしながら自由に歩ける回遊通路は存在しないことが想像できると思います。

つまり、「なわばり」が主張された「商品空間」と「客空間(回遊通路)」になっているのです。

大抵は、その「なわばり」を解除する高度な接客技術を持ち合わせた女性店主がいて、丁寧で親しみやすい接客を行っていましたが、対人能力のない多くの客にとっては、やはり非常にプレッシャーのかかる接客だったのです。



P164


Photo

※店員空間のない、引き込み・回遊型店

 

小さなブティックに限らず、商店街のほとんど店は、「なわばり」を主張する店員のアクションが生じやすい店舗構造の店でした。

したがって、「なわばり」を解除する店員のアクションが生じやすい店舗構造の店で構成された商業集積が近くに進出して来ると、急激に大勢の客が奪われたのです。

商店街の店主たちは、「店は店員のなわばりである」という考え方をなかなか受け入れませんでした。

地元に密着した商店街の店には、馴染み客が「なわばり」などは意識しないで気軽に通って来てくれるのだと、ひたすら信じたかったのです。

ところが、そんな店主の願いもむなしく、地元客は冷たく地元の商店街を捨て去って、自由に買い物ができる大型店に引きつけられていったのです。


(なお、イラストは1988年の拙著「続・入りやすい店売れる店・日本経済新聞社」からの抜粋です)

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