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2016年3月21日 (月)

31.駅ほど商売に向いた立地はない(1988年当時)

こんにちは。

日本国有鉄道(国鉄)が、JRとして6つの地域別の旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社などに分割し民営化したのは、約30年前の1987年4月1日。

今日、紹介するJR構内(駅ナカ)の店は、約30年前・1988年当時の様子です。

現在では、大勢の客を引きつける「駅ナカ・駅チカ」ショップですが、その当時は、「駅の構内外エリア」が、新たな人気の商業集積になることは、まだ誰もが気づいてはいませんでした。

「店」が見知らぬ人たちが行き交う「道」に生まれてきたにもかかわらず…。

それでは、約30年前の駅ナカショップをご紹介したいと思います。

(以下の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


(1)小型でもよく売れるキヨスク(1988年当時)

………売れる店づくりに取り組もうとするならば、少しでも通行客数の多い立地を獲得しようとすることは当然の行為です。

通行量の多さは店の構造や店員の接客の不備を補ってくれる大きな要素なのです。通行量が多い条件を満たす場所といったら、それはなんといっても「駅」に違いありません。………

………下のイラストは典型的なキヨスクです。

店員空間の狭い接触型店」で、店を取り囲む商品が強いひやかし安全信号を出し、店員は店員空間にいて接客アプローチをせず、なわばりが解除された店になっています。………

Photo_8



(2)キヨスクが刻々と変化していった時代(1988年当時)

………下のイラストは上の「店員空間の狭い接触型店」が発展して、「店員空間のある、接触・引き込み・回遊型店」になったものです。-

国鉄がJRに変わることによって、駅構内の様子が刻々と変化をとげています。

従来の「店員空間の狭い接触型店」は次第にその大きさを増したり、形態を変えたりして、売り上げを上げることに対する努力を始めています。

駅という最高の立地にあれば、売れる店を作り出すことはそれほど難しいことではありません。そこで様々な形態の店が駅に登場しはじめているのです。………

Photo_9



(3)駅構内の店にはサクラパワーが全開する(1988年当時)

………次の二つのイラストの内の上は、セルフのパン屋です。

忙しく働く現代人にとって、通勤の途中にふらっと立ち寄って買える便利さは大きな魅力です。

店員空間のある、引き込み・回遊型店」の店で、構造的にも十分なわばりが解除されているので、フリー客が気楽に店内にはいってこられるのです。………



Photo_10


………二つのイラストの内の下のイラストは、ファッション店と花屋で、どちらもごく簡単な造りの「店員空間の狭い接触型店」です。

通行客が多いので店に立ち寄る客数が多く、店員は接客や包装に追われてなわばり解除された状態になっています。

駅のように人通りが多い場所ではあっという間にサクラパワーが全開し、活気のある売り場が創造されるのです。………


(4)駅員が販売する店の構造

………このところ(1988年当時)よく下のイラストのような店を見ることがあります。

こうした店は、販売員のアクションをとりあげる以前に、店そのものの構造ができていません。

売っているのかいないのかよくわからないぐらいの少量の商品、なわばりをコントロールできない店員空間と商品空間。

この場所に制服を着た駅員がずらりと並ぶのですから客数も少なく、アクションも生まれず、駅員が熱心になればなるほどなわばり主張の強い店になって客を遠ざけます。………


Photo_11

(以上の、イラスト&文は、「続・入りやすい店売れる店」・日本経済新聞社・1988年より抜粋したものです。)


もともと、店の始まりである「戸板一枚の店」は、人通りの多い「道」に発生したものです。

ところが、商店街や百貨店こそが店なのだと長い間錯覚してきた私たちは、見知らぬ大勢の人が行き交う「駅ナカ」や「駅チカ」が、一番「店」に適した立地であるということを、なかなか受け入れることができませんでした。

しかし、国鉄が民営化されることによって、駅の構内外に「店」が登場してくるやいなや、大勢の通行客は、直ぐにその「店」を受け入れたのです。

現在、思うようにお客様を引きつけられない百貨店が、中小規模店舗として、新たな活路を模索するために、「駅ナカ・駅チカ」に盛んに出店を試みています。

近い将来、一番の移動空間である「駅ナカ・駅チカ」こそが商売の最高の立地であることに誰もが気づくことでしょう。

「店」は間違いなく、見知らぬ人が大勢行き交う「道」にこそ生まれてきたのですから…。


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