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2016年3月 8日 (火)

6.「承諾」でなわばりを解除するための「うなずきアクション」

こんにちは。

店員がお客様に対して「なわばり」を解除することができる三大アクションは、「お辞儀アクション」と「うなずきアクション」と「案内アクション」です。

一昨日までに、「挨拶」や「お礼」や「お願い」や「お詫び」をする際の「お辞儀アクション」について説明をしましたが、今日からは、「承諾」や「あいづち」や「注意喚起」をする際の「うなずきアクション」について説明いたします。


さて、店員が接客中にお客様に対して答える「はい、わかりました」「承知いたしました」などの「承諾」のことばは、接客においては基本中の基本のことばです。

しかし、基本である「承諾」の仕方次第では、実は店員の「なわばり」を解除してお客様から信頼を獲得したり、反対に「なわばり」を主張して不信感を与えたりしてしまうのです。

それではいったいどのように「承諾」をすれば、店員の「なわばり」を解除することができるのでしょうか?


(1)「なわばり」を解除する「承諾」と「うなずきアクション」

「なわばり」を解除する「承諾」を行うためには、「はい、わかりました」「承知いたしました」のことばと共に、正しい「うなずきアクション」を行うことが不可欠になります。

すなわち、「承諾」の「うなずきアクション」を正しく行うことによって、初めて、「なわばり」を解除することができるのです。

正しい「うなずきアクション」は、上から下に向かって、力を入れて頭を下げることです。

そうすることによって、責任感や信頼性があることを表現し、「なわばり」を解除することができるのです。

Photo

(2)「なわばり」を主張してしまう「承諾」の「うなずきアクション」

接客中のお客様に対して「承諾」のことばを答えたにもかかわらず、お客様に不信感を与えてしまうことは、決して珍しいことではありません。

それは、「承諾」をする際にまちがった「うなずきアクション」を行うことによって、店員が「なわばり」を主張してしまうからなのです。

「承諾」をしているのに、「なわばり」を主張する最も代表的な「うなずきアクション」は、下から上に勢いよく頭を上げる動きを行った場合に起こります。

この動きは、「13タイプの店員」の内、「独断タイプの店員」が得意な動きで、「承諾」をするときにこの動きを伴うと、非常に傲慢で自分本位な「承諾」をしているイメージを与えるために、店員の「なわばり」を主張することになってしまいます。

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また、「承諾」をしているのに、「なわばり」を主張する「うなずきアクション」は、上から下に向かって、脱力して頭を下げる動きを行った場合にも起こります。

この動きは、「13タイプの店員」の内、「虚脱タイプの店員」が得意な動きで、「承諾」をするときにこの動きを伴うと、いかにもやる気がなく、頼りなさそうなイメージを与えるために、店員の「なわばり」を主張することになってしまいます。


Photo_3

一般に、「承諾」したことを相手に伝える場合には、はっきりとしたことばで話すことが指導されていますが、それ以上に大切なことは、その場の状況に合わせた適切な「うなずきアクション」を伴って、「はい、わかりました」や「承知いたしました」などの「承諾」のことばを話すことが重要なのです。

そうすることによって、店員の「なわばり」を解除することができ、お客様に大きな満足感を提供することができるのです。


【関連記事】

1.「挨拶・あいさつ」でなわばりを解除するための「お辞儀アクション」

2.「お礼」でなわばりを解除するための「お辞儀アクション」

3.「お願い」でなわばりを解除するための「お辞儀アクション」

4.「お詫び」でなわばりを解除するための「お辞儀アクション」

5.お辞儀アクションはなぜ「なわばり」を解除するのか? 


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